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李当選者が訪ねた屋台の金さん「自分の苦労より孫の就職が一番の願い」

李当選者が訪ねた屋台の金さん「自分の苦労より孫の就職が一番の願い」

Posted February. 06, 2008 03:09,   

「写真が大きく載ってたね」

「明るい人なのに、どうして泣き顔で…」

4日、ソウル冠岳区奉天(クァンアクク・ポンチョン)11洞の在来市場のウォンダン市場。この市場で働く人たちが、魚の屋台を出している金ソンリムさん(67)を見かけると、声を掛けた。

金さんは「よく来るお客さんがくれたのよ」と言って、東亜(トンア)日報の切り抜き記事を懐から取り出した。前日、市場を訪れた李明博(イ・ミョンバク)大統領当選者と一緒に撮った写真が、1面に掲載された新聞だった。

狭い通りに沿って約200メートルにわたって店が並ぶウォンダン市場で、金さんは30年間、魚を売っている。市場では断然「最長老」だが、金さんは、数千万ウォンの保証金と100万ウォン以上の家賃を払う能力がなく、店鋪を構えることができない。スーパーマーケットの片隅のリヤカーと路上が、金さんの店鋪だ。冬になると冷たい風が吹きつける「露店」生活は、30年もの間続いた。

旧正月前の同日、金さんの屋台を覗きこむ人は結構いた。しかし客は、供え用のスケトウダラの干し物を見るだけで、太刀魚、サワラ、カレイなどの魚には目もくれなかった。

全羅南道順天市(チョンラナムド・スンチョンシ)で農夫の娘として生まれた金さんは、17歳で北朝鮮出身の夫と結婚し、ソウルに出てきた。

金さんは、「工事現場を転々として働く夫が冬には仕事がないため、商売を始めた。15年前に夫が亡くなってからは、市場が唯一の『職場』だ」と話した。

15年間1日も欠かさず午前4時30分には起き、ソウル鷺梁津(ノリャンジン)の水産市場で魚を仕入れ、毎日午後11時まで市場で屋台を出す。

客が来るかもしれないので、夕食は、屋台を片付けて家に帰った夜0時頃にとる。

金さんは、「冬には1週間に2、3回、水産市場で15万ウォン分の魚を仕入れるが、1日に5万ウォンも売れない。夏には朝に仕入れた魚がいたんで、夜にごみ袋に捨てて泣くことも多い」と話した。

この日も金さんのリヤカーの片隅には、3日間売れずに捨てなければならないサワラが積まれていた。

それでも金さんは、屋台で3男1女を育て上げた。

何度も「景気がよくならないと」と言った金さんは、「最大の望みは、孫たちがいい就職先を見つけること」と話した。

工業系高校を卒業した後、環境美化員、貨物トラックの運転手、工事現場で働く3人の息子のことを思い浮かべ、金さんは、「私は字も読めず、何もわからない。お金がなくて、子どもたちに満足な教育もできなかった。孫たちがよく勉強して、つらい仕事をしないですむことが一番の願いだ」と話した。

金さんの孫たちは、昨年と今年、公州(コンジュ)教育大学と江陵(カンルン)大学にそれぞれ合格した。



gaea@donga.com