Go to contents

[オピニオン]前職大統領

Posted March. 02, 2007 07:02,   

1992年の大統領選挙で「3度目の挑戦」に失敗した金大中(キム・デジュン)候補は、二つの進路で悩んでいた。ドゴールの「退場の美学」をベンチマーキングすることと、カーターを模範とすることだった。ドゴールは1946年、戦後初代フランス首相の席をほうり出し、12年間、野人として過ごしながら時を待ち、1958年に権力の座に復帰した。カーター元米大統領は退任後、国際平和活動に乗り出した。金大中候補は「二匹の兎」を追おうと、英国留学とアジア太平洋平和財団設立(94年)を同時に推進した。

◆03年の大統領退任後、金大中前大統領は国際平和活動に力を注ぎ「政治に関与しない」と述べた。「カーターモデル」だった。しかし昨年の北朝鮮の核実験後、「太陽政策」宣伝の先鋒に立ち最近は与党統合にまで関与し始めた。一昨日は与党のヨルリン・ウリ党の離党派議員たちに「単一統合政党を作るか少なくとも選挙連合を作って、単一(大統領)候補を擁立しなければならない」と忠告した。金前大統領が今年の大統領選で太陽政策継承者を当選させるために、「全羅道(チョンラド)+進歩左派」を一くくりにする作業に乗り出したという観測まで流れている。

◆金前大統領の次男の弘業(ホンオプ)氏が、4・25補欠選挙に全羅南道務安(チョンラナムド・ムアン)・新安(シンアン)から出馬することが確実な雰囲気だ。権力型不正に関係して逮捕された彼が、父親の故郷という理由だけで出馬することについて、「全羅道はお手玉か」という批判もあるが、金前大統領側は押し切る態勢だ。与党が支離滅裂になってくると「また私の出番が来た」と判断したのだろうか。

◆韓国憲政史を振り返れば、歴代大統領の失敗は「退任後」を意識した無理数のためであるケース多い。全斗煥(チョン・ドゥファン)、盧泰愚(ノ・テウ)両元大統領の莫大な秘密資金の蓄財も、「政権継続」や「息子の政治基盤づくり」といった欲望から始まった。にもかかわらず盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は、「退任後の政治」への関心を早くもほのめかし、退任後4年が経過した金前大統領は、今また現実政治に深く入りこむ状況だ。国民が後姿でも美しい大統領を見ることが、これほどまでに難しいのか。

李東官(イ・ドングァン)論説委員 dklee@donga.com