野党ハンナラ党の安澤秀(アン・テクス)議員の「大統領辞退要求」発言で起こった国会の空転が6日目に突入する中、李萬燮(イ・マンソプ)国会議長は「今日は必ず国会を開く」と公言した。国会を開く方法は、与党民主党が欠席のままハンナラ党と自民連の野党だけで単独国会を運営する方法と、与野党合意で国会を正常化する方法の二つの道だけである。どちらが国と国民のためにいいかは言うに及ばない。
これ以上「国会の正常化」という当たり前の要求はしたくないが、国民の目をもっと恐れろ、との言葉だけは言っておきたい。大統領の「不適切な発言」に野党議員が「行き過ぎた要求」をしたからといって、国会を何日も空転させるレベルの低い政治を目にして、多くの国民はもはや政治にそっぽを向いている。
誤解を生むに十分な発言なら、大統領であっても、もう一度詳しく釈明すればいいことであり、野党議員は野党議員で「行き過ぎた発言」に対して謝罪すればいい。たとえ釈明と謝罪をめぐって政治的争いがあるといっても、その問題はその問題として解決を図り、国会を正常に戻さなければならない。それぐらいになって初めて「民主政治」をであると言えるはずだ。
ところが韓国政治は、まず国会のドアから閉めてしまう。そして国民は眼中にもないと言わんばかりに政争に明け暮れる。民主党は、ハンナラ党総務が事実上謝罪して、国会議長自ら速記録を削除することを確認しているにもかかわらず、文案に何文字かを追加しなければならないと言い張る。ハンナラ党も、内部で強硬論と穏健論が対立し混乱している。
その上、民主党は、大統領府の圧力で独自の交渉力を発揮できずにいると言う。そんなことでは交渉であれ妥協であれ、まともにできるはずがない。国会が空転を重ねる間に死んでいくのは民生なのだ。
李萬燮国会議長は「国会は政治家のためのものではない。国民のための国会だ」と述べ「与野党がまるで小学生みたいに喧嘩している」と嘆いた。国民の声を代弁した表現だと思う。こんなことを言われる国会は「3流国会」だ。いくら政治改革を唱えても、こんな国会では政治の改革や発展など望めない。
「小学生みたいに喧嘩する」政治をこれ以上我慢して見てはいられない。その根源が「前近代的な政治リーダーシップ」にあるのではないか、再び考えてみる必要がある。






