ナポレオン没落の決定的契機はロシア侵攻だった。端的に言えば、戦略と戦術の双方に誤りがあった。彼は欧州諸国が真に服従していない背景に英国の抵抗とロシアの存在があると判断した。ロシア皇帝の降伏、もしくは屈従的な誓約を取り付けてロシアという後ろ盾を排除すれば、欧州統治ははるかに容易になると考えたのだ。
ロシアがなければ欧州諸国が従順になるのは確かだとしても、ナポレオン帝国の下で一つになれただろうか。欧州が北大西洋条約機構(NATO)と欧州連合(EU)を結成したのは、冷戦体制下で当時のソ連の脅威を意識したためだった。しかし同時に、各国が主権を維持し対等な立場で長期的な統合を進めるという条件があった。
これが戦略的誤りだった。この戦略的誤りを招いた真の原因は戦術的誤りにあった。フランス軍だけではロシアを征服できなかった。ナポレオン軍は事実上、欧州連合軍だった。フランス軍のように編成されていたが、先鋒はポーランド軍が担った。ナポレオンは連合軍をフランス軍のように運用し、彼らが自軍同様に戦うと考えていた。しかし現実は違った。
全欧州を動員した結果、補給や輸送、後方支援体制が崩れ、侵攻期限を超過した。本来であれば遠征を中止すべき状況だったが、ナポレオンは強行した。戦闘では勝利を重ねたものの犠牲は大きかった。ロシア軍の底力は、彼らが欧州で戦う時とは違った。それでもモスクワ占領という成果を挙げたが、この時点から戦略的誤りが戦術的誤りを招く。ロシア皇帝の降伏を確信して時間を費やしているうちに、冬を迎えてしまったのだ。
戦争は思い通りには進まない。戦略と戦術は相互作用し、修正することもできる。しかし当初から実現不可能な方法を信じていたなら、問題はより深刻になる。現在、米国とロシアという2つの超大国が戦争を行っている。両国はナポレオンの戦術的ジレンマに陥っている。世界は今、血を流している。
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