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米軍魚雷で沈没の「崑崙丸」事件、2人目の犠牲者遺族を確認

米軍魚雷で沈没の「崑崙丸」事件、2人目の犠牲者遺族を確認

Posted November. 04, 2025 09:38,   

Updated November. 04, 2025 09:38


太平洋戦争中、米軍潜水艦の魚雷攻撃で沈没した日本の連絡船「崑崙丸(こんろんまる)」撃沈事件の2人目の遺族が確認された。

15年以上にわたり事件を調査してきた韓日文化研究所の金文吉(キム・ムンギル)所長(85=元釜山外国語大学教授)は、「米バージニア州に住むキム・セリャンさん(81)が崑崙丸犠牲者の遺族であることが確認された」と明らかにした。金所長は乗船者名簿でセリャンさんの父・金周京(キム・ジュギョン)さんを確認したとし、「当時多くの朝鮮人が創氏改名をしていたが、金周京さんは名前を変えなかったため確認が容易だった」と話した。

崑崙丸は下関と釜山(プサン)を往来していた連絡船で、1943年10月5日未明、福岡近海で沈没した。乗員・乗客655人のうち約70人だけが救助され、下層客室にいた朝鮮人乗客のほとんどが犠牲になった。光復(解放)と韓国戦争を経て事件は忘れ去られ、名簿も日本式で作成されていたため、多くの遺族が家族の犠牲すら知らなかった。現存唯一の遺族とされていたキム・ヨンジャさん(85)の父、キム・ジョンジュさんも犠牲者名簿に「ナカシマ ヒサコ」と記録されている。

金所長は毎年10月、釜山で追悼式を続けてきた。「遺骨収集と真相究明のためには、さらに多くの遺族が確認されなければならない」と訴えてきたが、最近キム・セリョンさんが「22歳だった父が明治大学政治経済学部を卒業し、帰国する途中で事故に遭った」と連絡してきたことで、2人目の遺族が新たに確認された。

開城(ケソン)地域史を研究する建陽(コンヤン)大学の李哲成(イ・チョルソン)教授によると、セリャンさんの祖父・キム・ジョンホさんは開城の名士で「開城電気株式会社」を経営し、息子の周京さんを明治大学に留学させた。周京さんは朝鮮鉄道高級社員試験に合格し、京城勤務を控えていた。1942年に結婚した妻は、沈没当時、セリョンさんを妊娠していた。セリョンさんは、「韓国と日本を訪ね、父の足跡を確認し、真相究明に力を尽くしたい」と語った。