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水の器一つ作れない韓国政治

Posted September. 08, 2025 08:44,   

Updated September. 08, 2025 08:44


韓国の経済開発の歴史は、インフラ建設の歴史だ。高速道路と原子力発電所ほど注目を集めてはいないが、絶対に過小評価できない主要インフラが全国各地のダムだ。1970年代に完成した昭陽江(ソヤンガン)ダムと八堂(パルダン)ダムが、首都圏の2000万人の住民生活と工業の「ライフライン」の役割を果たしていることからも分かる。半世紀が過ぎた今日まで、首都圏の市民が昭陽江ダムや八堂ダムの水に依存している現実を見れば、先人の先見の明に驚かされるばかりだ。

しかしダム建設や治水事業は、いつからか環境破壊の議論と地域社会の反発に阻まれてきた。2000年以降、韓国国内に建設されたダムは、軍威(クンウィ)ダムや金泉市(キムチョンシ)の釜項(プハン)ダム、聖徳(ソンドク)ダムなど、片手で数えられるほど少ない。李明博(イ・ミョンバク)政府の主要4河川事業は、洪水防止や水資源確保という意味があったが、韓半島大運河構想が失敗に終わると、その代替として推進された事業という限界があった。任期内の完成に向け、22兆ウォンをかけて推進した強力な推進力が、皮肉にも議論を招いた。左右陣営間の激しい政治的対立は、治水事業のつきものとなって久しい。

解決の兆しが見えない江原道江陵市(カンウォンド・カンヌンシ)の干ばつは、単なる気候変化の問題ではない。韓国の水政策の実態だ。雨らしい雨が降らず、オボン貯水池の貯水率は10%台前半まで下がている。一部のマンション団地では、断水が現実となっている。住民たちは、まともに洗うこともできない苦痛を経験している。

何よりも、9月に干ばつに見舞われていることが大きな問題だ。これまで韓半島の干ばつは、普通、春に現れた。前年度の梅雨の時、貯水池とダムを満たした水は秋や冬に使い、春に足りなくなる。この時期に雨が降らないことで見舞われる干ばつが、これまでの一般的なパターンだった。梅雨が降って台風が来れば、干ばつは自然に解消された。9月の干ばつは、このような自然解消を期待しにくい。

江陵は東海岸を代表する都市だが、上水源の脆弱性はかなり以前から指摘されてきた。漢江(ハンガン)のような大きな川がないため、取水源があまりない。1990年に平昌(ピョンチャン)にもドアムダムを建設したが、太白(テベク)山脈の麓の高冷地野菜畑と畜舎から流れ込んだ汚廃水にともなう水質汚染で、事実上捨てられてきた。管理を強化して使おうという指摘もあるが、「ダム自体を解体しよう」という主張も依然として残っている。ダム上流の随所にある汚染源の問題は、2000年代初めから続いているが、解決どころかダム稼動を防ぐやり方で放置してきた。

2015年、忠清南道(チュンチョンナムド)西北部地域の極端な干ばつの時は、錦江(クムガン)・百済(ペクチェ)堰の導水路を建設する対策でも実施することができた。もちろん、主要4河川の整備で豊かになった水があったため、引いて使うことができた。江陵には、代替水源もあまりない。ドアムダムをめぐる議論は、20年以上も一歩も進展しなかった。その間、住民たちの苦痛は大きくなっている。雨が降ればなんとかなるという、空だけを眺める天水田のやり方以外に手の施しようがないという意味だ。

干ばつに見舞われれば、政府は消防車やヘリコプターを動員して様々な対策を打ち出すが、雨が降ればいつそうだったかのように尻すぼみになる。大規模な多目的ダムの建設であれ、地下ダムの議論であれ、既存のダムのリサイクルであれ、根本的な対策は進展がない。水問題は結局、誰かの犠牲を補償し、100年先を見据えて解決しなければならないが、これを調整して社会的合意を引き出さなければならない政治は対立だけを煽り、何も解決できずにいる。

今、江陵で起きている状況は、特定地域の単なる気候問題ではない。未来に向かって進むことができない韓国社会の実態の縮小版だ。今のように政治が百年の計を無視して対立にのみ埋没すれば、今日の江陵は明日の首都圏と半導体工場になりうる。水問題も解決できない政府と政界が、何の問題に手をつけることができるだろうか。