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ハメネイ師の息子 vs ホメイニ師の孫

Posted March. 12, 2026 09:41,   

Updated March. 12, 2026 09:41


632年、イスラム教の創始者ムハンマドが死去した。戦争さながらの後継者争いが勃発した。シーア派は「ムハンマドの血を引く者だけが後継者になれる」として、いとこであり娘婿でもあるアリーを推戴した。一方、スンニ派はムハンマドの後援者だった富豪アブー・バクルを擁立した。

「正統性」では優位に立ちながらも「影響力」で劣ったアリーは、スンニ派の過激勢力によって殺害された。シーア派はこの死を殉教と受け止める。つまり「血統」と「殉教の物語」はシーア派の象徴といえる。

先月28日、米国とイスラエルの空爆で死亡したイラン最高指導者のハメネイ師の次男モジタバ師が、8日に新たな最高指導者に選出された。強硬保守派のモジタバ師が選ばれた背景には、外部の敵に対する決死抗戦の意味合いが大きいが、「血」を重んじるシーア派の特性も考慮されたとみられる。モジタバ師は今回の空爆で父、母、妻、姉妹、甥など家族の多くを失った。イランの強硬派にとって、これもまた殉教の物語となる。

モジタバ師がいつまで権力を維持できるかは分からない。ただ、ハメネイ師の除去に米国以上の役割を果たしたとされるイスラエルは、モジタバ師も排除すると公言している。こうした中、今回は権力を握れなかったものの、いつでも権力中枢に近づき得る革命元老の子孫、ハサン師にも注目が集まっている。ハサン師は1979年のイスラム革命を成功させ、神政一致体制を築いた初代最高指導者ホメイニ師の孫だ。モジタバ師の後継決定前には、ロイター通信などがハサン師を有力な次期指導者に挙げていた。

ハサン師の強みは、祖父も本人も大きな過ちがほぼないことだ。ホメイニ師は革命後10年間政権を担い、自然死した。もし長期政権となっていれば、ハメネイ師のように反対派を残酷に弾圧した可能性もあるが、少なくともそのような事態は起こらなかった。当時はインターネットやソーシャルメディアもなかった。革命を経験していないイランの若い世代にとって、ホメイニ師は「影響力は絶大だが、自分とは大きな関わりのない歴史上の人物」だ。

ホメイニ師死去後37年間政権を握ったハメネイ師は事情が異なる。ハメネイ師による反対派弾圧は、2002年に核開発疑惑が浮上した後に本格化した。西側の核制裁で経済難が深まる中でも、ハメネイ師はシーア派勢力の拡大と軍事力増強に没頭した。それでも燃料税引き上げへの反対や、ヒジャブ着用を巡る死亡事件などを機に反政府デモが起こるたび、武力で押さえ込んできた。その過程は世界に生中継された。父親を支え流血鎮圧を主導したモジタバ師に対する不満も、いつでも噴出する可能性がある。

ハメネイ師は生前、ホメイニ師の墓を参拝する際、必ずハサン師を同行させた。ホメイニ師の威光を通じて政権の正統性を少しでも強化しようとしたのだろう。ハサン師は女性の権利などを重視する聖職者として知られている。09年の大統領選で不正選挙により再選したとの疑惑を持たれたアフマディネジャド元大統領を批判したこともある。

将来、ハサン師が権力を握ることになるのか、またその場合に現在の改革志向を維持するのかは分からない。ただし、モジタバ師への権力世襲、そして指導者候補として取り沙汰されるハサン師の存在は、イラン・イスラム革命の正統性がいかに脆弱であるかを示している。世襲反対は、王政を打倒するための手段に過ぎなかったことを革命勢力自身が示しているからだ。