Go to contents

4月15日は「ジャッキー・ロビンソンデー」、全員が背番号「42」をつけてプレー

4月15日は「ジャッキー・ロビンソンデー」、全員が背番号「42」をつけてプレー

Posted April. 17, 2025 08:34,   

Updated April. 17, 2025 08:34


15日(現地時間)、敵地で行われたフィラデルフィア・フィリーズ戦に、サンフランシスコ・ジャイアンツの李政厚(イ・ジョンフ、27)は背番号「51」ではなく「42」をつけて出場した。大リーグを代表するホームラン打者のアーロン・ジャッジ(33)も、スーパースターの大谷翔平(31)も一緒だった。この日、全米15球場で30球団の全選手とコーチ陣、甚だしくは審判陣まで「ジャッキー・ロビンソンデー」を迎え、「42」の背番号が付いたユニフォームと帽子を着用して試合を行った。

大リーグで4月15日は「ジャッキー・ロビンソンデー」だ。大リーグ史上初の黒人として1947年の同日にメジャーデビューを果たしたジャッキー・ロビンソン(1919~1972)を称える日だ。ブルックリン・ドジャース(現ロサンゼルス・ドジャース)で、ロビンソンはスタジアムの中と外で人種差別に対抗しながらも新人賞受賞、オールスター選出6回、ナショナルリーグMVP受賞など優れた活躍を見せた。そのロビンソンの活躍を称えるため、毎年4月15日には大リーグのすべての選手が彼の背番号42番がついたユニホームを着て試合をする。ロビンソンは2013年に封切りした映画「42」で俳優チャドウィック・ボーズマン(1976~2020)が演じた役の実在人物でもある。

2004年に始まった「ジャッキー・ロビンソンデー」は翌年から大リーグの全30チームが参加するイベントに拡大された。2007年に初めて一部球団と選手たちがロビンソンの背番号「42」をつけて彼を追悼したが、その追悼方式が2009年からは大リーグ全球団の公式イベントとして定着した。

ロビンソンの背番号「42」は、米プロスポーツ史上初の全球団永久欠番の事例だ。大リーグ事務局は野球を「白人のスポーツ」から「米国のスポーツ」にした彼の業績を称え、1997年に「42」を全球団永久欠番に指定した。当時、この番号を使っていた選手を除いて、「42」は大リーグでは使えない番号になった。ニューヨーク・ヤンキースの伝説的な抑え投手マリアノ・リベラ(56)が2013年まで使ったのが最後だ。他の競技の全球団永久欠番例としては、米プロバスケットボール(NBA)では最多の優勝11回を経験したビル・ラッセル(1934~2022)の背番号「6」が、北米アイスホッケーリーグ(NHL)ではカナダの国民的英雄ウェイン・グレツキー(64)がつけた「99」などがある。


チョ・ヨンウ記者 jero@donga.com