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ゆりかごから墓場まで「うちのマンション」で?

ゆりかごから墓場まで「うちのマンション」で?

Posted June. 17, 2024 08:37,   

Updated June. 17, 2024 08:37

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たまに金曜日に休む時、保育園が終わる午後4時に2人の娘を迎えに行く。その時、子どもたちの次の目的地は公園だ。40年以上前のマンションの古い公園ではなく、向かいの新築マンションの新しい公園だ。ウレタンが敷かれ、大きな滑り台があり、池にはタニシもいる。

しかし、そのマンションは団地の内外に鉄製のフェンスが設置されている。外からはパスワードを押さないと入られないし、内からはボタンを押さないと出られない。一部の出入り口は、逆に内側からパスワードを押さないと出られず、外側からボタンを押さないと出られない。

マンションのフェンスは様々なことを象徴している。マンションを建てるのにかかった莫大な費用と高い分譲価格、治安とプライバシーの懸念、一つの塀の中に住むという同質感とその他の異質感まで....。最近、ソウルのあるマンションは、入居者同士で婚姻関係を結ぼうとして結婚の仲介までしている。同じマンションに住むということは、経済力と社会的地位が似ているということであり、比較対象が減るという計算だろう。少子高齢化・非婚化時代にこのような試みがあってもいいと思うかもしれないが、後味は良くない。

大団地マンションの中には幼稚園や保育園だけでなく、学校もある。だから友達のほとんどが同じマンションに住んでいる。生涯のパートナーまでマンションで探す世の中なら、さらにそれ以上も可能ではないだろうか。同じ病院で生まれ、同じ小・中・高校に通い、しばらく団地を出て大学を卒業し、再びマンションに戻ってきて家庭を築き、老いて生を終えるのだ。こうなると、入居者専用の火葬場や納骨堂までできるかもしれない。

韓国でマンションは、単なる家以上のものだ。ソウル市ソウル研究院によると、マンションに住んでいる既婚女性は、一戸建てや集合住宅、多世帯住宅に住むよりも、子どもを生もうという意識が高い。統計庁の3月の発表によると、家計平均資産のうち78.6%は不動産だ。マンションは出産インフラであり、全財産であり、自分の地位とコミュニティを規定する存在だ。その中に生活の半分が縛られているのも不思議ではない。

しかし、国民のうちマンションに住んでいる人は51.9%で半分にすぎない。残りの半分は戸建住宅、ビラ(低層マンション)など様々な住居に住んでいる。マンションにこだわるのは、将来への不安と深刻化する二極化、生活を脅かす不確実性に対して、自分自身を団地の中に閉じ込めることではないだろうか。

2人の娘と訪れた公園では、フェンスに関係なく、近隣に住む子どもたちが混ざり合って遊んでいた。他のマンションに住んでいる子も、ビラに住んでいる子どもも、約束したかのように午後4時、新しいマンションの公園に集まってきた。一緒に走ったり、キックボードを押したりした。

あっという間に日が暮れてしまった。そろそろ家に帰らなければならないと思いながら出てきたが、公園の隣の出入り口はパスワードを押さないと出られない。どうしようかと思っていると、娘と友達が鉄の門の横の茂みの奥に走って行った。「お父さん、こっちに来て」と言われてついていくと、小さな穴があった。子どもたちはすかさずその隙間から抜け出し、意気揚々と鉄の扉を開けてニヤリと笑った。少なくともそのマンションでは、大人たちのフェンスは子どもたちには無意味だった。子どもたちは互いに手を振って、それぞれの家に帰って行った。