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服従するリーダー

Posted November. 30, 2021 08:37,   

Updated November. 30, 2021 08:37

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スパルタの王、アゲシラオスは、スパルタの最盛期に君臨し、スパルタの没落も目にしなければならなかった王だ。生涯、スパルタの栄光のために戦場で戦った。アゲシラオスは特別なスパルタ人だった。小柄で、生まれつき足が不自由だった。健康な子どもでなければ育てなかったスパルタでは、しっかり育つことが難しい状況だったが、王子だったためか、あるいは腹違いの兄が王に即位し、王子という地位までもあきらめたためか、スパルタで成長することができた。

 

アゲシラオスは自らを平民だと言い、王の子弟が入学しなかった学校「アゴゲ」に入学した。身体的ハンディキャップにもかかわらず、特段の努力と闘志で最高の戦士になった。同級生の中でアゲシラオスに勝てる人はいなかった。老年になってもスパルタ軍の先頭で槍を持って戦った。アゲシラオスは卓越した戦士であり、優れた戦術家であり、最高の指揮官だった。

 

ギリシャの歴史家、クセノフォンは、アゲシラオスが他の王子と違ってスパルタ教育で有名なアゴゲを卒業したおかげで服従心を学んだと言った。

この指摘はかなり意味がある。立派なリーダーになるには、部下、民、使われる人の苦しみを理解しなければならないという。ここで理解とはどんな行動をいうのだろうか。選挙の時になると、すべての立候補者は先を争って、苦しい人々、辛い状況の人々を訪ね、あなたたちの苦しみを理解すると話す。本人は本当に理解すると考えているのかもしれない。

 

ソクラテスの弟子だったクセノフォンは、リーダーシップに関心があり、立派な著述を数編残した。クセノフォンが称えたリーダーとして、アゲシラオスの徳性は理解する心ではなかった。クセノフォンが挙げたリーダーの資格要件は服従心だった。服従することができる者が他の人を服従させることができる。韓国社会には、理解できないリーダーはいないが、服従するリーダーは見あたらない。服従どころか歴史、国民生活、使命、あらゆる理由を挙げて堂々と服従を拒否し、それをリーダーの能力として掲げる。クセノフォンは服従する王を見たが、私たちはいつ目にすることができるだろうか。