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蝶を愛したアガサ・クリスティ、サン=テグジュペリ

蝶を愛したアガサ・クリスティ、サン=テグジュペリ

Posted March. 26, 2018 08:53,   

Updated March. 26, 2018 08:53


蝶に魅了されたのは飛行機の中だった。思わず雑誌を広げると、青い空にオレンジ色の数千匹の蝶々が飛ぶ写真が出てきた。説明が続いた。「脳は安全ピンより小さく、体重は何グラムもない蝶だが、ひたすら飛んでいきたいという意志だけで、カナダから米国、メキシコまで飛行します。3500キロ以上を飛んだマダラチョウの群れが越冬するメキシコの森林が、伐採によって破壊される危機におかれると、蝶の愛好家たちが力を合わせて森を守り切りました」。

マダラチョウが昼間に飛び回ることができるのは、幼虫の時に毒のある植物を熱心に食べたおかげである。毒を抱いた蝶を食べると即死するので、天敵は自ら避ける。

蝶の密集地域は、赤道に近い熱帯・亜熱帯気候に属する。多くの蝶の種類が、主に熱帯地域から起源したからである。ブラジル・アマゾンの熱帯雨林は、大きく華やかな羽を誇る蝶々の競演会場である。中南米のコスタリカは、世界に向けて蝶の繭を輸出する。コスタリカでは、翼に「88」数字の模様のある蝶は幸運を象徴する。

蝶と一緒に暮らすコスタリカ人は、平和な暮らしを目指す。オスカル・アリアス元大統領は、軍隊を廃止してノーベル平和賞を受賞し、韓国戦争とベトナム戦争当時、徴兵制に反対するクエーカー教徒が米国からコスタリカのモンテベルデに集団移住した。1年中温暖な気候で、高度に応じて、様々な蝶種が生息するメキシコとアンデス山脈の常春気候地域も蝶の天国である。

蝶の標本輸出を大量に手掛けてきた台湾は、「アジアの蝶王国」と呼ばれる。毎年、冬に南部の高山地域の谷に沿って移動する紫色の蝶の群れは、珍しい壮観を演出する。国旗に蝶が描かれているパプアニューギニアは、世界で初めて憲法に昆虫を天然資源に規定した。

蝶を愛した人々は、創意的人材が多い。アガサ・クリスティ、サン=テグジュペリ、ヴァージニア・ウルフがそうだった。小説「ロリータ」を書いたウラジミール・ナボコフは昆虫学者だった。ビクトリア時代から蝶採集が流行した英国では、ユダヤ人財閥ロスチャイルド家の後援で、世界で収集した蝶をロンドン自然史博物館に展示した。チャールズ・ロスチャイルドは、列車に乗って行く途中に珍しい蝶を発見したら、列車を止めるほどのマニアだった。

古代ギリシャでは、蝶は「プシュケー」と呼ばれる魂であり、ヒンドゥー教の神ブラフマーは、蝶の変態を見て輪廻を想像した。アステカ文明で、蝶は神と人間とをつなぐ超越的存在だった。ナチの強制収容所でユダヤ人の子供たちが爪で掻いて壁に残した蝶の図は、死を研究していた精神健康医学者エリザベス・キューブラー=ロスに深い悟りを与えた。彼女は、不治の病を患う子供患者に会うたびに、幼虫を裏返すと蝶に変わる人形を持って行った。フランスのファッション雑誌「エル」の有名編集長だったジャン=ドミニック・ボービーが、全身が麻痺する難病にかかった後、瞬きして完成した本「潜水服は蝶の夢を見る」は、平凡な日常に感謝する気持ちを持たせる。

卵から孵化して苦しい幼虫の時代を経て、絶望の繭をくぐって出てきた世界のすべての蝶は、それ自体が希望の証拠ではないか。

地理学者・京仁大学教授