Go to contents

[オピニオン]ソウルが2度目に陥落した日

[オピニオン]ソウルが2度目に陥落した日

Posted January. 04, 2016 07:49,   

「どこにも人の気配などなかった。まるで、冷たくて青い短刀が背筋をかすかにかすめるように、一気に鳥肌が立った。…独立門まで通せる大路にも、小路にも、家々の中にも誰もいなかった。煙が立ち上る家が、どうして一軒もないのか!刑務所に人共旗(北朝鮮国旗)でも差し込まれていたら、むしろもう少しは怖さが安らいだだろう」。作家の朴婉隺(バク・ワンソ)が自伝的小説「あれほど多かったオオヤマソバははたして誰が食べつくしたのだろう?」で描写した1951年1.4後退当時のソウル西大門区峴底洞(ソデムング・ヒョンジョドン)周辺の様子だ。非現実的なことのよう聞こえるが、ソウル大学文理学部国文学科(1年生)に通っていた作家の体験談だ。

◆昨年のこのごろ、大人気だった映画「国際市場」は、1950年12月に中国共産軍に押された興南(フンナム)撤退が、導入部の背景となっている。その直後の1951年1月4日、ソウルが再び陥落する前に先立って、ソウル市民は誰一人となく、難を逃れて逃げた。韓国戦争勃発から3日後にソウルが陥落後、9.28に収復する時まで、人民軍がしでかした蛮行や収復後の「パルチザン洗い出し」で苦労したためだ。中国共産軍の攻勢で、再び風前の灯火の危機におかれると、がらんとなった首都を後にしたまま、ソウル市民は我先に南の方に避難したのだ。

◆延世(ヨンセ)大学の朴明林(バク・ミョンリム)教授の著書「韓国の1950の戦争と平和」で、「韓国軍が北朝鮮軍に敗北した時より、米国が中国共産軍にやぶれてソウルを明け渡した時の衝撃のほうがより大きかった」と評した。1.4後退は、「大帝国米国の後退だった」という。当時、中国が介入しなかったら、今の北朝鮮政権は存在できなかったはずだ。我々としては統一の機会が白紙化されたことへの中国の歴史的責任を忘れることができない。

◆韓国と中国国防部のホットラインが昨年12月31日に開通され、国防部の韓民求(ハン・ミング)長官と中国の常萬全国防部長が電話で協力を誓った。米国(1995年)、日本(1999年)に次いで、3番目だ。北朝鮮の急変事態などの有事の際に韓中の軍当局が緊急に疎通できるチャンネルが確保されたことになる。65年前は想像すらできなかった反転だ。米中の覇権戦略の間で、韓半島にはまた、どのような激変が押し寄せてくるか分からない。歴史の意味を重く受け止めなければならない昨今だ。

韓起興(ハン・ギフン)論説委員 eligius@donga.com