
北朝鮮軍の脱走兵が中国の朝鮮族4人を殺害した事件(昨年12月27日)が起きて1ヵ月余りが経過した1日、事件現場の和龍市南坪村への道。
和龍市内を抜けて10分も経たずに警察が張ったバリケードが見え、南坪村の付近では2箇所の検問があった。
国道を抜けて村の進入路に入ると、農家の煙突の煙が目に映った。農家約20世帯の大半は、かまどで火をたく在来式の暖房で冬を過ごすという。この日は零下17℃の寒さだったが、煙が出ている煙突は3世帯だけだった。村の人々は、「朝鮮族殺害事件の後、住民の多くが避難して戻っていない」と話した。
事件直後、軍と警察が南坪村の住民を呼んで事件の経緯を調査した村の入口にある養老院には、軍・警察の姿やパトカーは見あたらなかった。一見静かだったが、村の住民は政府に対する不満を抱いていた。事件の犠牲者の遺族をよく知る人は、「遺族が葬儀の費用だけでなく遺体の司法解剖の費用まで出した」とし、「中国政府が北朝鮮に賠償を要求したので(賠償金の支給を)待つように遺族に知らせたが、これを信じる人はあまりいない」と伝えた。
養老院の近くを歩いていたある住民は、「中国が住民を安心させるために北朝鮮に対して強く出ている」と話した。そして、「(中国の責任追及を受け)北朝鮮がこの事件の脱走兵が所属していた清津(チョンジン)駐留第27旅団長と茂山郡(ムサングン)大隊長をはじめ国境守備部隊の指揮官を処罰・除隊させたという噂を聞いた」と話した。NKデイリーなど北朝鮮専門メディアは先月、「この事件が外交問題に飛び火する徴候が見えると、北朝鮮は国境警備の責任を問い、平壌(ピョンヤン)の警備総局長(上将)まで解任したようだ」と報道している。
1ヵ月前とは違って、各家から犬の吠える声が聞こえ、道で会った住民に尋ねると、「私たちもいつやられるか分からないという不安のため、誰もが1、2匹の番犬を飼っている」と話した。そして、「以前は脱北者に好意的に接していたが、今は恐怖に震えている」と怒りと恐怖に満ちた表情で話した。
殺害されたホ氏の家にも立ち寄ったが、門が閉ざされ誰もいなかった。ホ氏はこの家の庭で、ホ氏の妻は台所で北朝鮮兵士に銃で撃たれた。ホ氏の家の門のそばの電信柱には防犯カメラが設置されていた。
少し内側に入ると、民家に赤い辺境部隊の旗が見えた。犯人の脱走兵がこの村に入って最初に押し入ったチャ氏の家だった。兵士に100人民元(約1万7000ウォン)を奪われたチャ氏は、事件の後に家を出て、今でも精神的なショックから抜け出すことができずにいるという。チャ氏の家の外にバイク2台と軍用車1台が止まっていた。理由を尋ねると、中国の軍人がいるという。南坪村の村長の家にも、警察が巡回していることを知らせるかのように3色の警光灯が取り付けられていた。住民たちは、「警光灯は夜もついている。長く住んでいるので離れることができないだけに不安だ」と話した。






