昨年2月3日(韓国時間)、金鉉宗(キム・ヒョンジョン)外交通商部通商交渉本部長とロバート・ポートマン前米貿易代表部(USTR)代表が、米議会で自由貿易協定(FTA)交渉の開始を公式宣言して出発した韓米FTA交渉の旅程は、文字どおり「いばらの道」だった。
公式交渉だけで8回。両国は、昨年6月5日の第1回交渉を開始して以来10ヵ月間、ワシントンやソウル、シアトル、済州道(チェジュド)を行き交い、緊迫した駆け引きを繰り広げた。
しかし、当初先月31日午前7時に予定されていた交渉の期限までに、牛肉、自動車、繊維などの核心争点に対する見解の相違を縮めることはできなかった。両国は、2日午前1時に期限を延ばしたが、緊迫した交渉は簡単には終わらなかった。
●緊迫した最終交渉
韓米両国は交渉を重ね、敏感性の低い事案は「枝打ち」したが、核心争点では少しも引き下がらなかった。
ソウルでの第8回交渉(3月8〜12日)でも結論を出せなかった両国は、相次ぐ高官級交渉にもかかわらず、これといった進展もなく、26日から最終ラウンドである通産長官級会談に入った。同会談も、「骨入り牛肉」の輸入を求める米国側の要求で難航している。
遅々として進まない交渉は、先月29日、ブッシュ米大統領が中東を訪問中だった盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領に電話をかけ、交渉妥結への政治的意志を再確認し、ひとまず転機を迎えた。
盧大統領は30日に帰国するや、大統領府で権五奎(クォン・オギュ)副首相兼財政経済部長官や金鉉宗本部長から交渉の進行状況の報告を受け、交渉カードを調整した。
しかし、米議会が政府に与えた貿易促進権限(TPA)による妥結期限の31日午前7時までに主要懸案が合意されず、「交渉決裂」の可能性が有力になった。
午前7時40分、金宗壎(キム・ジョンフン)韓国側首席代表が、「当初予定されていた交渉期限を2日午前1時まで延ばして、追加交渉をすることが決まった」と発表し、交渉はまた続いたが、1日も両国の「崖っぷちの粘り」は続いた。
●出発から難航を予告
韓米FTAは、出発から難航した。
実際に失敗した前例もあった。金大中(キム・デジュン)政府は98年6月、米国と狭義のFTAとされる投資協定(BIT)交渉を始めた。しかし、スクリーンクォーター(韓国映画義務上映日数規定)の廃止などをめぐって長い攻防を続け、2000年5月に中止になった。
その後、昨年まで韓米FTAの推進が可能だと予想した人はほとんどいなかった。
変化の兆しは、05年11月に釜山(プサン)で開かれた第13回アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、盧大統領とブッシュ米大統領が慶尚北道慶州市(キョンサンプクト・キョンジュシ)で首脳会談を開いた時に感知された。両首脳は当時、「韓米経済協力を強化する」という内容の共同宣言文を発表した。
さらに盧大統領は昨年1月18日の新年演説で、「韓国経済の未来に向けて、米国ともFTAを結ばなければならない。調整できしだい、交渉を開始する」と突然発表した。
政府はただちに韓米FTA先決課題に挙げられたスクリーンクォーターの縮小(年間146日→73日)と米国産の骨なし牛肉の輸入再開を発表してムードづくりをした後、2月3日、韓米FTA交渉開始を公式宣言した。
この過程で、政府は映画関係者や農民たちの強い反発にあい、交渉開始宣言の前に開かれた公聴会は混乱を免れなかった。
●険しかった交渉旅程
予想どおり、交渉過程は難航した。韓米両国は、「探索戦」で終わった第1回交渉から、農業、繊維における統合協定文の作成に失敗した。両国間の熾烈な駆け引きが続き、交渉の度に、一方が交渉場を出ていく事態が続いた。
泣きっ面に蜂で、韓国代表団が国会の韓米FTA特別委員会に報告した交渉戦略書類が流出する事故まで発生した。
国内では交渉の度に韓米FTAに反対する激しいデモが続き、交渉終盤に至っては、金槿泰(キム・グンテ)、千正培(チョン・ジョンベ)議員などウリ党とウリ党離党議員まで交渉反対のハンガーストライキに出た。
米国議会も、牛肉、自動車などで韓国側の譲歩を得なければならず、ブッシュ政府を強く圧迫するなど、交渉内外の状況は悪化している。
しかし、交渉決裂がもたらす政治的負担を考慮したようで、両国政府は「延長戦」まで繰り広げ、最終期限まで交渉を推進した。
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