1980年代後半、民主化の雰囲気に乗ってゼネストを主導した労組の幹部らが「ニューライト新労働連合」を発足する。これを通して、彼らは過激な闘争を牽制し、雇用創出の先頭に立つ新しい労働運動を繰り広げる。ニューライト新労働連合のクォン・ヨンモク常任代表は強性労働運動を繰り広げて4回も投獄されており、1995年に全国民主労働組合総連盟(民主労総)初代事務総長を勤めた人物だ。96年に主体思想派が浸透した労働界に幻滅を感じ、現場を去った彼が10年ぶりにニューライト労働運動に跳びこんだことは、労使対立の戦闘的組合主義を乗り越えようとする努力として評価されるに値する。
クォン代表は「80年代後半から労働運動に主体思想が浸透しており、今もNL(民族解放)とPD(民衆主義)の理念論争が絶えない」と証言する。暴力的で反企業的な労働運動の根源を指摘する話だ。80年代に一時、大学や労働界で左派運動が流行のように広がった。しかし政治民主化が行われ、東欧とソ連の共産主義政権が崩壊した後も、極左的な運動から脱することができないことは時代錯誤だ。
今年、スイス国際経営開発大学院(IMD)の国家競争力評価で、韓国の労使関係は61ヶ国のうち、4年連続最下位だ。海外投資説明会に参加した李龍得(イ・ヨンドク)韓国労働組合総連盟(韓国労総)委員長は、「外国人投資家らが韓国を投資対象の第1順位と見ながらも、労使関係のため中国と台湾を検討している」と伝えた。労組の強性闘争で企業競争力が落ちれば、雇用は減少し、各企業は強性労組を避けて海外に移転する。
ニューライト新労働連合が創立宣言文で、「失業の悪循環が蔓延した現実の前で、国民にそっぽを向かれて旧時代の労働運動は幕を閉じた」と宣言したことは、民意と時代の要求を正しく読み取ったものだ。民主労総の戦闘的組合主義を乗り越えるためには、合理的かつ穏健な労働運動が新しい流れを形成しなければならない。






