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[オピニオン]国政ブリーフィング記者

Posted February. 10, 2006 07:01,   

「記者」という言葉を辞書で調べて定義すれば、情報を収集してマスメディアに記事を書く人と言える。マスコミ間の障壁が崩れ、メディアの融合現象が生じて、記者の定義をめぐる論争が起きる。コンピューターでインターネットに接続することができれば、誰でもブログを開設して記者になることができる世の中だ。このような現象をもって、マスコミへの進入障壁が低くなり情報・民主主義が実現されるという観点もある。「黄禹錫(ファン・ウソク)にせ物ES細胞」報道で分かるように記者とプロデューサーの境も崩れている。

◆記者のトレーニングをまともに受けてないアマチュア記者たちが大挙報道領域に流入し、ニュース報道の基準を揺さぶる現象を制度圏の報道人たちは喜ばない。ブログ記者は伝統的な方式で報道せず、正確でなく、責任を負わず、報酬をもらわないため、真の記者と言えないというのだ。しかし、米国CBSの看板アンカーであるダン・ラザーは未確認の報道をし、アマチュア記者たちの攻撃を受けて降りた。

◆政府の広報サイトの国政ブリーフィングが事実上、記者の役割を果たす職員を選ぶ予定だと言う。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は「適切な代案メディアを作って制度メディアが議題化しないことを議題化して、誤った報道は正さなければならない」と述べたことがある。国政ブリーフィングに文を書く「記者」は伝統的意味の記者とは程遠い。大統領や長官の意思を察して機嫌を伺う「記者」にならなければならず、批判マスコミには刃を立てる戦士とならなければならないだろう。

◆独裁政権時代に劇場に行った観客たちは映画に先立って放映される「大韓(テハン)ニュース」を見ざるをえなかった。内容は大統領の賛歌一色だった。その「大韓ニュース」を別途の映画館で上映したら、わざわざそれを見るために劇場に足を運ぶ観客は誰もいなかったはずだ。国政ブリーフィングはいくらよく作っても「大韓ニュース」の新しいバージョンに過ぎない。「公務員記者」を動員して「大韓ニュース」 のようなサイトを作っておいて本番の映画も上映しない劇場に来てくださいと言ったら、どれくらいの観客が訪れるか疑問だ。

黄鎬沢(ファン・ホテク)論説委員 hthwang@donga.com