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[オピニオン]三歩一拜

Posted April. 09, 2004 23:06,   

三歩一拜とは、三歩歩いて一回ずつクンジョル(両手を額にあてて膝を折り曲げて座り頭を深々と下げる、最も丁寧なお辞儀)をする苦行を通じて、自分の罪業を洗い、悟りを得て、全ての生命を助けると誓う仏教遂行法の一つだ。長距離を歩くこと自体も大変なのに、三歩に一回ずつクンジョルをしながら行くのはどんなに大変だろうか。これよりもっと大変な一歩一拜もあると言うから、遂行の難しさは俗人たちには想像もできないようだ。

◆三歩一拜の要諦は「下心」だそうだ。自分を低め他人を助ける心があってこそ可能で、また、そのような心を得るために行うという。性徹(ソンチョル)僧侶は生前に、「下心」に対し、「良くて栄光なことはいつも他人に譲り、恥ずかしくて不名誉なことは人知れず自分が被るのが修道人の行動だ」と言った。また、「いつも自分を低め、人の陰で遂行し、人より先に進まない。いつでもつらくてみすぼらしいことは自分が受け持つ」とも述べた。

◆昨年春、収耕(スギョン)僧侶はセマングム干潟を生かすため、全羅北道扶安(チョンラブクド・ブアン)からソウル市役所の前まで320km以上の道を65日間三歩一拜した後、「三歩一拜は自分の心を直す運動だ」と言った。「我々が抱えている諸々の問題を外部のせいにせず、自分の貪欲と怒り、愚かさの結果だと思い、一歩歩くたびに懺悔し、三歩歩いては自ら身を低めることで自分を空っぽにするという意志を固めるのだ」ということだ。

◆総選挙を控えてあちこちで三歩一拜行進が盛んに行われている。秋美愛(チュ・ミエ)民主党選挙対策委員長が光州(クァンジュ)で弾劾案可決に対するお詫びの三歩一拜をしたのに続き、今度はヨルリンウリ党の大邱(テグ)地域候補の夫人9人が都心のあるデパートから由緒深い国債報償記念公園まで1kmを三歩歩いては一回お辞儀をしながら行った。名分は、「総選挙でハンナラ党の独走を阻止して欲しい」と言うことだった。

◆こんな三歩一拜に性徹僧侶の「下心」がどれぐらい生きているのだろうか。苦行を自ら進んですることで民心を取り戻し、地域構図も打破してみようということは悪いことではない。しかし、結局は票が欲しいということだから、利己心の発露でないとは否定しにくい。仏教界では早くから三歩一拜の歪曲を懸念する声が高い。仏家の有名な話頭、「これはなんだ」を繰り返し言いたくなる。

李ジェホ論説委員 leejaeho@donga.com