93度、148度、133度。00年から3年間の韓国社会の「愛の体感温度」だ。社会福祉共同募金会が年末年始にソウル市役所前の広場などに設置する「愛の体感温度塔」は目標額の1%にあたる義捐金が集まるたびに1度ずつ目盛りが上がる。今年の目標額は921億ウォン。18日現在、目盛りは19度しかない。昨年の今ごろより低い温度だ。慈善鍋を掲げた救世軍も目標額25億ウォンを達成できるかどうか心配だ。通貨危機の時より厳しいと言われている体感景気のせいだろう。
◆「恵まれていない隣人を助けましょう」という掛け声は、「善良に生きよう」という言葉のように極めて当たり前に聞こえる。隣人を助け合うのは伝統的な美風良俗で、社会から受けた利益と感謝を共同体に還元するのが道理だという言葉も正しい。しかし、今年の雰囲気は尋常ではない。「愛の体感温度塔」を引き上げる牽引車は企業だ。ところが企業が不法大統領選挙資金提供のため傷だらけになっているため、果たして目標額を満たせるかどうか、温度塔を主管する社会福祉共同募金会は心配している。モヤシを買うお金を節約して募金していた人々も今度は気が楽でない。「彼ら」の間では数億、数十億のお金が「見返りなしに」やり取りされたと言うのに、これしきの端金が何の役に立つだろうかと、急に関心が冷めてしまう。
◆人間はなぜ他人を助けるのか。1975年エドワード・ウィルソンの「社会生物学」とその翌年に出たリチャード・ドーキンスの「利己的な遺伝子」は隣人助けというもっともな命題に論争の火を付けた。自分に得になることだけをやる遺伝子が人を助けるのは、「今回は私が助けたのだから、私が助けが要る時は私を助けてくれ」というふうな相互交換的な博愛だとか、親切にすることで異性の注目を集めて、円滑な2世複製を図るという信号理論まで様々な解釈が出された。最近科学専門誌「ネイチャー」は、人間は今度助けてもらえるという相互信頼がなければ、かえって興を冷ましてしまうという「最後通牒ゲーム」を紹介している。
◆ここで出た結論が善良な行動を引き立てるためには政府や制度の役割が重要だということだ。慈善に対しては適切な補償を、共同体の規則を破る者に対しては厳格な処罰を与えてこそ人々が安心して善良な行動をするという話だ。しかし、政府が共同体の規則を破った際はどうしたら良いかについては残念ながら紹介されていない。それでも学問的理論や政府の役割とは関係なく、人を助けてみた人は分かる。小さな真心が隣人にどれほど力になって、自分自身にもどれほど大きな喜びになって返ってくるかを。不法政治資金を提供した企業も隣人助けを通じてイメージを変えたらもっと良いのに。
金順徳(キム・スンドク)論説委員 yuri@donga.com






