盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が二日後に就任100日目を迎える。大統領府はこれまでの100日間の最も大きな変化として、「権威主義的で帝王的なリーダーシップから脱権威主義的で水平的なリーダーシップ」への切り替えをあげた。その成果としては首相と内閣の権限及び役割の増大、大統領府組織の参謀機能化、国会と野党尊重の協力政治の具現、正道なマスコミ関係の確立などを上げた。
だが、こうした大統領府の自評に対して、どれだけ多くの国民が同意するかは疑問だ。国家のリーダーシップが権威主義から解き放たれるのと、権威そのものを失うとのでは全く別の問題だからだ。政府はこれまで、労使問題や社会勢力間の利害葛藤問題で、公正で公平な法の適用よりは一方に偏った態度を見せたことで、自ら権威を落とした。結果は国政の混乱を招き、国民統合を阻害しただけだった。
首相と内閣の権限と役割増大の主張も現実とは隔たりがある。盧大統領は、マスコミが大統領中心で報道するため、首相の役割が過小評価されたと言うが、これまでの国政の主要懸案で、首相が中心になって内閣をリードしたケースは探すのが困難だ。むしろ問題が生じる度に、例外なしに大統領が乗り出し、長官は「大統領とのコード」を合わせるのにあくせくしている印象を与えた。全国教職員労働組合(全教組)問題をはじめ、各種の懸案解決に大統領府が直接介入したのは、やはり大統領府組織の参謀機能化とは辻褄が合わないといえる。
与野党が共に不適切との意見を出した人物に対して任命を強行した国家情報院人事の件からしても、「国会と野党尊重」に共感を得ようというのには無理がある。まして敵味方を分けるような対応で「分裂と反目」を拡大、再生産したとの批判を受けているマスコミ政策について、「正道なマスコミ関係確立」と自評したことは、政権側のマスコミ観がまったくバランス感覚を欠いたものであるという点から懸念すべきことだ。
これから盧武鉉政権は、この100日間の試行錯誤を乗り越えて、新たな出発をしなければならない。新たな出発のためには何よりも冷徹な自己反省が先行されるべきだ。






