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[社説]共同事業者と大統領待遇論

Posted May. 02, 2003 21:59,   

国家共同体を運営する国政は何人かの「共同事業」に止まらない。したがって国政責任者である大統領になった以上、過去の政治的共同事業者関係も清算すべきだ。また権力者を「持て成す」のはマスコミの機能ではない。権力行為に対する評価と権力者に対する待遇を混同してはならない。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領特有の語法を勘案しても、一昨日のテレビ討論で明らかにした側近論とマスコミ論には納得できない。

最大多数の最大幸福を目指す国政と、個人的な目標を追い求める事業は違う。志を共にする「同志」ならともかく、生業を一緒にする共同事業者という表現は大統領と国政の格に合わない。もし、国政にも共同事業の概念を適用するなら、全国民的な共同事業とした方が望ましいだろう。それなのに盧大統領が敢えて「以前からの共同事業者」と述べるとともに、ナラ総合金融ロビー疑惑事件に関わっている安熙正(アン・ヒジョン)氏を庇ったことには、特別な理由があるようだ。

「安氏は私のために仕事をしたし、私のために苦痛を受けている」、「安氏は自分の利益のために仕事をする人ではない」と述べた盧大統領の話は、深く考える必要がある。検察も、これからは真相解明の核心をまともに把握してほしい。

権力に対する批判と提言、監視と牽制がその役目であるマスコミに、権力者が待遇を期待するのは無理だ。マスコミには変化を注文しながらも、これを期待すること、それ自体が矛盾だ。時代が変わったのに待遇がどうして以前のようではないか、と聞くのは愚問だ。「目には目を」式に、マスコミをそまつに待遇するという発想はさらに幼稚だ。何よりもこうした認識に基づくマスコミ改革なら危険なものになるしかない。

共同事業者論の背景にあるもどかしい気持ちや待遇論の背景にある恨めしさには「私の味方」と「あなたの味方」に対する好悪の感情が潜んでいるようだ。それでは盧大統領が述べた「考え方を異にする人たちの善意を認める開かれた姿勢」を持っているとは言えない。権力とマスコミはお互いに開かれた姿勢が最高の待遇だ。