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スケート2冠王の李ギュヒョク「次は五輪金メダル」

スケート2冠王の李ギュヒョク「次は五輪金メダル」

Posted February. 06, 2003 00:16,   

「今後の目標は、06年のトリノ冬季オリンピックでの金メダルです」

5日、八戸市の長根スピードリンクで開かれた、第5回青森冬季アジア競技大会スピードスケート男子1000m。1分13秒96で、清水宏保選手(1分14秒01・日本)を0.05秒の差でおさえて優勝し、1500mに続き2冠王になった「韓国スケートの大国柱」李ギュヒョク選手(春川市役所)の顔からは笑いが消えなかった。

これまで、総合大会に出戦するたびにメダル獲得に失敗してきたため、「不運のスター」と呼ばれてきた彼だが、今回、3年後の冬季オリンピックに対する希望を述べる時には顔まで赤くなるぐらい興奮していた。

李ギュヒョク選手は、生まれつきのスケート選手だ。父親の李イクファン(57)氏がスピードスケートの元国家代表出身で、フィギュアスケート元代表選手出身である母親の李インスク氏(47・大韓氷上連盟フィギュア審判理事)は、99年の江原(カンウォン)冬季アジア大会で韓国選手団の女性監督まで務めた。妹の李ギュヒョン(23)選手も、今回の大会にフィギュアスケート代表として参加している、まさしく氷上家族だ。

97年のワールドカップ・スピードスケート1000mで韓国スケート史上初の世界新記録を樹立した後、01年に1500mで再び世界新記録を樹立した時まで、李ギュヒョック選手の世界制覇は、時間の問題だと思えた。

しかし、彼は飛びぬけた実力にもかかわらず、総合国際大会とは縁がなかった。99年江原冬季アジア競技大会で後輩のチェ・ジェボン選手にわずかの差で負け、銀メダルにとどまった。さらに、02年のソルトレークシティー冬季オリンピックでも惜しくも8位にとどまったのだ。

だから、今回の大会は李ギュヒョク選手にとっては総合大会でのジンクスを取り払う、最後のチャンスだった。今度も金メダルを首にかけることができなければ、軍に入隊しなければならない切迫した立場も、李ギュヒョク選手に闘魂を燃やさせた。がけっぷちに立たされた思いで大会の準備を始めた李ギュヒョク選手は、昨年末のカナダでの転地訓練を皮切りに、3年前から個人コーチとして縁を結んだ諸葛(ジェガル)ソンヨル(33)春川(チュンチョン)市役所監督の指導の下で、毎日4万キロを走る厳しい訓練で下半身を鍛えた。今回の大会での2冠王は、このような努力が実を結んだと言える。

優勝の感想を問うインタビューで、「3年前に国家代表チームから出た後、諸葛ソンヨル監督とあらゆる苦しみを乗り越えながら孤独な訓練をしてきた。諸葛監督がいなかったら、今日の光栄は不可能だったはずだ。金メダルのうち1つをソンヨル監督に捧げたい」と話したのもこのためだ。

李ギュヒョク選手は1500mに出戦する前日の2日、「ひどい風邪」を引いてしまった。しかし、李ギュヒョク選手は点滴注射を打ってまでも出場を強行し、1500m優勝に続き、この日の主な種目である1000mで2つ目の金メダルを獲得した。

総合大会優勝の雪辱を晴らした李ギュヒョク選手は 、「今日はスタートが良かったし、コーナーを回る時も大丈夫だったので、決勝ラインを過ぎたところで金メダルを確信した。でも、これに満足せず、トリノ冬季オリンピックの金メダルに向けてさらに熱心に訓練する」と誓った。



梁鍾久 yjongk@donga.com