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[オピニオン]コウモリと渡り鳥

Posted January. 20, 2003 13:47,   

昨年夏のある日、のどかに田舎の景色を眺めていたら、いきなりどこかで「パンパン」という爆発音がした。韓国戦争の砲声を覚えているある方がびっくりして周りを見渡すと、その村に住んでいる人が、果樹園でカササギに向かって打つ恐怖弾だと教えてくれた。カササギが農作物に与える被害はひどく、村ごとに頭を抱えているという。昔から、カササギは喜ばしいお客が訪れる予兆を知らせる鳥であるとされ、人に恩返しをする霊物だと言われてきた。また、一年中どこでも見られ、黒い体の白い線がきれいだとして「国鳥」とされているのに、いつからこんな冷や飯食いのような存在になってしまったのか。

◆我々は動物に関する間違った固定観念を、多く持っている。例えば、熊はよく愚鈍と思われるが実は嗅覚が鋭敏で、動きも俊敏だという。狐の場合、歪曲がもっとひどい。狐の鳴き声は死を意味し、狐はお墓を掘り出して死体を食べると言われている。そして、数多くの説話では、ずる賢い言動で人間をだます悪い動物として登場する。しかし、この全てが事実でないのはもちろんだ。それなのに、愚鈍な人には「熊みたいだ」と言い、ずる賢い人には「狐みたいだ」と言っているのだから、熊と狐としては本当に無念であろう。

◆コウモリは空を飛べる唯一の哺乳動物だ。コウモリが飛べるのは前の足が翼として進化したためだが、翼に指の骨が5つ残っているのを見れば、飛ぶことに成功してから進化が止まったようだ。しかし、コウモリはコウモリであるだけで、自己便宜的に鳥のふりや動物のふりはしない。だから、「コウモリのような人間」という表現はコウモリに対する侮辱だと言える。韓国には川や海、山や野原が美しく、あらゆる鳥たちが棲息している。四季を問わず常に棲息する留鳥も多いが、季節ごとに訪れてくる冬の鳥、夏の鳥、渡り鳥も多い。渡り鳥は自然の摂理によって群れを成して遠い旅に出る。「志操の無い政治家」を渡り鳥に例えるのは、鳥にとって見ればとんでもないことである。

◆美しい自然と空中を飛ぶ鳥たちの、森の中の神秘を見た後、人間世界のウソと貪欲に目をやれば、果たして人間が万物の霊長なのか疑わしくなる。熊、狐、コウモリ、渡り鳥はそれぞれ自分なりの生き方がある。彼らは皆、自然の理知に順応しながら自分に与えられた生を生きていく。人間の邪悪な姿を美しい動物に例えるのは、人間の蛮行に他ならない。これ以上、政治家たちの恥ずべき話と自己正当化で、無実なコウモリと渡り鳥に恥をかかせることが無きようにしてほしいものだ。

鞖圭漢(ペ・ギュハン)客員論説委員(国民大教授) khbae@kookmin.ac.kr