Go to contents

北欧の森の情緒をうたうシベリウス

Posted December. 10, 2002 22:42,   

ニューミレニアムをまじかに控えた3年前、ある日本の音楽雑誌の記事が目に入ってきた。「新しい世紀に脚光を浴びるクラシックの作曲家は?」と問い掛けながら「環境」が主な関心事となる21世紀のトレンドに従って「自然主義的」な音楽が愛されるだろうと予見した。記事が選んだ作曲家は「海」「映像(Images)」などを作曲したドビッシーだった。

記事の趣旨には共感をおぼえたものの、私の頭の中にはもう一人の作曲家の名前が浮かびかけていた。「穏やかな南の国」フランスのドビュッシーと同じ時代を生きた「北国」フィンランドのヤン・シベリウスがその人。今日、ニューエイジ音楽の波のなかで、私はシベリウスの体臭を強く感じている。

現代の音楽家がシベリウスの音楽から直接影響を受けたのだろうか、それとも同じく精神的傾向を追い求めた結果なのだろうか。シベリウスの音楽の中には、北欧の広大な針葉樹林、水気を含んだ森の木陰、小川、鹿の足跡などが、ほんのりと抽象化された形で「モザイク処理」が施されている。「90年前のニューエイジ」と言えば、大げさな表現だろうか。

彼の交響曲全7曲のうち、最近まで最も人気がないとされていた3番、6番からは、とりわけ親しみやすい、スケールの小さな「自然にやさしい」情緒がいかんなく現れている。交響曲3番の第2楽章、フルートをはじめとする木管楽器が静かにフォーク風のメロディーを奏でる。「冬の私の恋人は/森の中の動物の間に…」で始まるインゲボルグ・バフマンの叙情詩「霧の国」が浮かんでくる。

交響曲6番の第1楽章、夜明けのごとくかすかな弦の序奏とともに、例の木管楽器によってそろりそろりと伝わるメロディー、優雅なハーフの調べと、静かに鳴り響くティンパニーの鼓動が、水面上を彩る波紋のように、自然の神秘を伝えている。

かつてのクラシック音楽のファンが言うように「古き良きLP時代」、シベリウスの交響曲演奏音盤の中で名演奏として挙げていたのは、ジョン・バルビロリ指揮でハレ・オーケストラの全集(EMI)。ところが、交響曲第1番、第2番のように勇ましく突き進む作品では、バルビオリならではの構造的頑丈さが光を発している反面、6番の第1楽章は、多少緊張感がゆっくりと緩んでしまう感じを受ける。

3番、6番などスケールの小さい作品では、ウラジミール・アシケナージが指揮するフィルハモニアオーケストラ(デカ)のデジタルアルバムを推薦したい。細部に至るまでしっかりと鍛えぬかれた木管楽器の音色が、なんとも美しく現れている。



劉潤鐘 gustav@donga.com