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[オピニオン]「国力4強」を導く指導力が望まれる

[オピニオン]「国力4強」を導く指導力が望まれる

Posted July. 16, 2002 22:32,   

6月は、韓国にいる国民だけでなく全世界に住む韓国人にとっても、胸躍る月だった。米国で夜が明ける前に起きて見た韓国選手たちのサッカー・ワールドカップ(W杯)4強進出は、私だけでなく、言葉と文化を異にする外国で、毎日し烈な競争の中で暮らす韓国人たちに自信を与えた。4強進出は、韓国の底力を全世界に知らしめただけでなく、「やればできる」という自信を国民みなに植えつけた。

国民の躍動的なエネルギーを先進国への原動力に昇華させるには、賢明な指導力が必要だ。しかし、国民のW杯熱気に便乗して、兵役免除の特恵を与えたり臨時公休日を指定したのをみて、再び政界の指導力を疑わずにはいられない。W杯で世界を驚かせた韓国国民の力は、どこから生じたのか。それは、国民みなが今大会を「他人の祭り」とは考えず、まさに「自分の祭り」と考える主人意識を持ったことで可能であった。では、指導力とは何か。国民が主人であることに誇りを感じさせ、国民の創意的エネルギーを結集させて、発揮させることだ。これまで韓国政治の最も大きな失敗は、国民を国家の賢明な主人とせず、責任のない客としてもてなすに止まったことだ。

わずか200年の歴史の米国が強大国になった基盤には、米国民みなが主人意識を持ち、自発的に国と自由民主主義を守って奉仕することに自負心を持ったためであり、指導者が、国民に米国人としての誇りを持たせたためだ。ヒディンク監督の指導力は、選手たちが潜在力と創意力を出し切るように最善を尽して訓練させ、励ましたことであった。自由民主主義国家で、兵役義務は、主人である国民が「自分の国は自分が守る」という神聖な義務であり権利である。しかし韓国の指導者たちは、神聖な兵役義務を能力や家柄で劣る平民の役割であるかのようにしたことも反省せず、さらには選手たちにまるで褒賞のように兵役を免除したことは、国民の神聖な義務を愚弄し、踏みにじる政治的術数としか言いようがない。

数人の兵役義務が国家的な損失になるなら、兵役と相応する国家的義務を代わりに与え、国民の一人として神聖な義務を果たすという自負心を持たせることが真の指導力だろう。米国では選挙の際、立候補者本人やその家族が、国民の一人として兵役義務を果たしたかどうかを優先的に明らかにする。それは、主人意識がない者に、国と国民の代表となることはできないと考えるためだ。

政治家が主人ではなく、国民が国家の真の主人になる時はじめて、W杯で見せた驚くべき国民の力は、世界の激しい競争と挑戦を破って世界を導く先進国になる原動力となるだろう。