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[社説]市民運動は手続きも正当に

Posted August. 31, 2001 10:00,   

市民団体(総選市民連帯)が、落選運動を禁じた現行選挙法の一部規定を「国民の参政権に対する侵害」として憲法訴願を提出したが、憲法裁判所はこれを退ける判決を下した。市民運動であっても正当な手続きによって、法に則った運動をしなければならないということが、憲法裁判所の判断である。今回の判決によって、昨年の4・13総選以来、市民団体関連の刑事裁判で有罪宣告を受けるなど数度にわたって確認されてきた問題に、最終決着をがついたことを意味する。

落選運動は、時代遅れの政治と陳腐な政治家に変化を求める大衆の期待に応え、喝采を浴びたことも事実だ。さらに、政界の人脈を断ち切り、16代国会に相当数の新人を進出させることにも幾分貢献した。しかし、公明な選挙とはまさに遵法選挙を言うにもかかわらず、市民団体が公明な選挙を掲げる一方で、実定法に背いて遵法を放棄すると主張することには矛盾があり、結果的にも多大な後遺症を残すと指摘されてきた。

市民団体が、選挙法が不合理だと考えるなら、法改正運動をするか、もしくは立法請願運動を行なうべきであり「公益な目的」を掲げるだけで、法に背いてでも目的を貫くということは、さらなる不法と混乱をもたらすとの批判であった。 憲法裁判所も、今回の決定で「市民団体にだけ落選運動を許可するような差別的な規制を設ければ、落選運動が一部の候補者によって、ライバル候補への誹謗に暗黙的に悪用される恐れがあるため、公正な選挙が脅かされ得る」とし、その棄却理由を明らかにした。

実際に総選過程における「暗黙的悪用」は論争の種となり、市民団体の正当性と品位を損なう一つの原因でもあった。市民団体関係者との「縁故」を利用して、ある候補は得をしたとか、あるいは被害を受けたという声が聞かれ、一部の地域からは法的に問題化されもした。りっぱな目的、良い趣旨で始められた市民運動でも、遵法を逸して脱法方式で推進されるなら、結局は混乱と自家撞着に陥るとうい経験をさせられたのである。

憲法裁判所の決定を契機に、市民団体は総選時に「権力の紅衛兵」と言われたこと、最近のマスコミ税務調査の事態をめぐり同様の批判をされていることに対し、改めて省察する必要がある。最近においても、税務調査の結果は法により公表されないにもかかわらず、市民団体はマスコミ改革の名の下で「マスコミ社税務調査結果を公開せよ」と主張している。これもまた法を無視する行為である。公益を掲げても、法に則った手続きを無視すれば、さらなる災いを招き、公益の実現も成し難いということを自覚しなければならない。