Go to contents

[社説]新たに見つめ直す光復(独立)の意味

[社説]新たに見つめ直す光復(独立)の意味

Posted August. 15, 2001 10:02,   

光復(韓国独立)56周年を迎える。光復は、日帝からの解放という受動的な意味ではない。

国権の回復でもあり、民族統合を通じた建国という能動的な意味がある。このような意味からすると、半世紀以上持続された南北分断の現実は、韓国民族がまだ真の光復を成し遂げていないことを意味する。

昨年6月15日の南北首脳会談で、南北平和共存の第一歩を踏んだとは言うが、統一への道のりはまだ遠いような気がする。特に、我々が必ず守るべきである自由民主主義体制での統一を達成するためには、多大な努力と忍耐が必要であろう。

努力と忍耐には、我が社会の民主的統合が切に求められる。様々な意見の中で相互理解と尊重を通じて実現する統合こそ、民主社会最高の価値であり力である。しかし、長い民主化の過程を経て到達した今日の韓国社会の姿は如何なるものか。

昨日、社会各層の元老115人は、光復節(独立記念日)を迎え、声明を出し「今日、我々は不信と反目の中で『揺れている国』に対して、不安を抱いている」と懸念を表明している。

この声明は、「今この国で繰広げられているのは、昔の歴史という『古い帳簿』を見ながら、敵と味方の二分論法で世の中を二分するのに全ての力を費やしている殺伐な風景」だと指摘した。

今日の我が社会が、あたかも半世紀前の開放政局に戻ったような激しい対立と国論分裂に直面しているという苦言である。

与党側は、元老達の苦言に耳を傾けなければならない。世の中を「敵と味方」に分けている今日の現実がどこから始まったものか、その責任は誰にあるのか、「民主主義と市場経済」を掲げた政府がどうして社会主義的だと非難され、引いては韓国の建国理念である自由民主主義を毀損しているとアイデンティティに関する非難まで受けるようになったのか、良く考えて反省すべきである。

意見の異なる相手を説得し理解するより、自分だけが正しいという一人よがりと間違った優越主義に執着し、今日の対立と分裂を招いたものではないのか、振り返ってみるべきだ。

元老たちが指摘しているように、「独占する権力」から「奉仕する権力」への意識転換なくしては、対立と分裂を信頼と統合へ導くのは不可能だ。勿論、対立と分裂の全ての責任を執権側になすりつける訳にはいかない。

しかし、政治権力が、国民と社会の統合より、政権の利害に捕らわれて分裂を誘えば、如何なる統合の努力も無意味になるであろう。

光復の真なる意味をかみしめるべきだ。