南北が国連で南北首脳会談を支持する声明や決議案を得ると合意したことがどのような意味をもつかは、南北と国連の歴史から確認できる。
外交部の関係者は、「冷戦時代の国連は南北の対立の場であった。今回の合意は南北のイデオロギーの対決場であった国連が、南北の和解と協力の場へと新しく生まれ変わるという意味がある」と話した。
まして国連は、南北分断の歴史が始まった1945年10月、アメリカのサンフランシスコで正式に発足した。それ以来、南北の葛藤と対立の歴史は、そのまま国連に投影されてきた。
1948年、国連韓国臨時委員団の監視の下に総選挙が行われ、8月15日大韓民国政府が樹立されたが、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は同年9月9日、朝鮮民主主義人民共和国を宣布し、国連の権威を否定した。
75年9月、第30回総会では、南と北の相反する決議案が同時に可決されるという奇妙な事件が起きた。南北対話の継続を促し、朝鮮半島の恒久的な平和を保障するための交渉開始などを内容としている韓国側の決議案と、国連司令部の無条件的な解体、駐韓米軍の撤退などを要求する北側の決議案が、票決によって同時に採択されたのである。
これを契機に南北の問題を国連で解決するには、根本的に限界があるという国際的な共感帯がつくられ、朝鮮半島の問題については、非上程非討議の原則が国連の不文律となった。冷戦終演の波に乗り、91年南北が共に国連に加盟してからも、最後の冷戦地帯である朝鮮半島の問題は国連で解氷の兆しが見えなかった。
しかし、ピョンヤンで南北首脳会談が開かれた後、バンコクで南北外相会談(7月26日)が開かれたのを契機に、状況は急変した。韓国外交部のイ・ジョンビン((李廷彬)長官と北朝鮮のペック・ナムスン(白南淳)外相は、南北首脳会談を支持するという内容で国連レベルでの声明や支持を得るために共に努力することにしたのである。
専門家は南北のこのような努力が、今後、国際舞台での本格的な南北の協力を開く信号弾のような意味をもっていると評価した。






