大邱(テグ)市の地下鉄中央路(チュンアンノ)駅で起きた放火火災は、最初の出火があった第1079号車両よりも、一歩遅れて駅構内に入って来た第1080号車両の方で、さらに多くの犠牲者が出た。
しかし、事故当時、第1080号車両に乗っていた鉄道庁公務員の冷静かつ敏捷(びんしょう)な対処で、多少ながらも犠牲者を減らすことができた。
慶尚北道永川市(キョンサンプクド・ヨンチョンシ)クムホ邑クムホ駅長の権チュンソプ(45、大邱達西区上仁洞)氏は、19日、この地下鉄車両の第4号車に乗っていた。
第1079号の車両で火災が起きて約3分後の18日午前9時56分ごろ、中央路駅に進入した第1080号車両のドアが、しばらく開けられた後、また閉められた。客室放送を通じて「火災が起きたのでしばらくお待ち下さい」との案内が流れた。煙が車両内に入り込んで呼吸しづらいほどだったが、ドアは開かなかった。
権氏は、状況の深刻さを直感し、ドアのそばの椅子の下にある非常時のボックスを開けて、ドアを手動で開ける準備をした。車内の電気が消され、非常用のランプしかない状況で、権氏はドアを簡単に開けた。客室の車掌として10年、旅客バスの専務として4年間、勤めた経験のある権氏は、非常時の行動要領を熟知していたからだ。
権氏は「車両が入ってくる時、電光板が音とともに壊れたので、異常な状況であることに気付き、ドアを開ける準備をした」と言い、「車両が動くかも知れないと思ってしばらく待っていたが、これ以上待っていてはいけないと判断し、ドアをこじ開けた」と当時の状況を説明した。
権氏がドアを開けて出ると、客室内にいた他の乗客らも待避し始めた。目撃者らによると、当時第4号客車には煙を避けて後方の客車から来た乗客まで押し寄せ、約60人がいたという。
第4号客車にいた金ホテク(43)氏は、「一部の女性は携帯電話で『火事が起きて出られない』と涙声で話し、他の人々は煙のために咳をしている状況で、誰かがドアを開けてくれて、客室から出ることができた」と話した。
一部の客車は、ドアが開かずに、乗客らがそのまま窒息死したことを考えると、生死の岐路に立つ緊迫した状況で、権氏の機敏で冷静な対応が多くの生命を救ったわけだ。
権氏は「非常用のコックは、高齢者や女性でも簡単に外せるが、停電になったうえ煙のため、目の前が見えず、市民らが対応できなかったようだ」と言い、「地下鉄で火災が起きた時の対応要領についての広報が行われていないため、多くの人命が犠牲になった」と残念がった。
権氏は、車両から出てきた後、前の見えない暗闇のなかで地下鉄駅舎の構内をさ迷い、煙をたくさん吸い込んだために、嶺南(ヨンナム)大学付属病院で治療を受けている。
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