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「2時間の内乱」でも、重罰が避けられそうにない理由 

「2時間の内乱」でも、重罰が避けられそうにない理由 

Posted February. 04, 2026 10:25,   

Updated February. 04, 2026 10:25


「二時間で終わる内乱なんて、どこにあるんだ」

尹錫悅(ユン・ソクヨル)前大統領は、12・3非常戒厳の直後から先月の最終陳述に至るまで、この主張を繰り返してきた。短時間で終わり、人命被害もなかったのだから、単なるハプニングに過ぎない、という趣旨だ。しかし、これは事実とも、常識ともかけ離れている。クーデターとは本来、数時間以内に中枢権力機関を掌握できるかどうかを争うものだからだ。

クーデター研究の専門家である米ケンタッキー大学のクレイトン・タイン教授は、「クーデターは数時間で終わる場合が多く、数日以上続くケースはほとんどない」と指摘する。とりわけ途中で失敗したクーデターは、より短時間で終わる。2022年、ペルーのペドロ・カスティジョ大統領による親衛クーデターも、わずか2時間で失敗に終わった。英ガーディアン紙は当時、「彼は2時間だけ独裁者だった」と書いている。

さらに裁判過程では、尹氏が国会を封鎖し、国会議員を引きずり出し、主要政治家を逮捕せよと指示したとの法廷証言が相次いだ。結局、これはハプニングでも、警告的戒厳でもなかったという点が、半月後に迫った尹氏の内乱容疑の1審判決で、重刑を支える要素として作用し得る。第二に、12・3非常戒厳は、憲政史上初の「上からの内乱」だった。過去、5・16軍事クーデターでは当時第2軍副司令官だった朴正熙(パク・チョンヒ)が、12・12クーデターでは当時保安司令官だった全斗煥(チョン・ドゥファン)が、政権奪取のため武力を動員した。だが尹氏は、国軍統帥権者であり国家元首という立場で、国家システムの頂点から、政敵排除のために軍と警察を動かした。

選挙で選ばれた権力による親衛クーデターは成功確率が高く、憲政秩序を内部から崩壊させるという点で、民主主義と法治主義により致命的だ。だからこそ重く処罰すべきだ、というのが、先月21日、韓悳洙(ハン・ドクス)前首相に懲役23年を言い渡した李珍官(イ・ジングァン)裁判部の判断だった。裁判部は当時、「上からの内乱が持つ危険性の程度は、下からの内乱とは比較にならない」と述べた。

第三に、変化した時代状況も、尹氏にとって不利に働き得る。一部では、韓前首相に言い渡された刑が検察求刑(懲役15年)を上回り、1996年に盧泰愚(ノ・テウ)元大統領が同じく内乱重要任務従事の罪で受けた懲役22年6か月よりも重いとして、量刑の均衡を問題視する声がある。盧元大統領が関与した12・12クーデターや5・18民主化運動では多数の死傷者が出たが、12・3非常戒厳ではそうではなかった、という理屈だ。韓前首相と盧元大統領の関与の程度が異なる、との主張もある。

だが法曹界では、「今回の戒厳は、クーデターが決して珍しくなかった軍事独裁時代から、半世紀近くを経て発生した点が重要だ」との指摘が出ている。1人当たり国民総所得(GNI)が1749ドルにすぎなかった時代と、その20倍超に当たる3万6745ドルに達した現在とでは、内乱がもたらす経済的・社会的衝撃も同じではあり得ないというのだ。現職判事の一人は「時代によって違法性に対する認識は変わる」とし、「贈賄罪や性犯罪が過去より厳しく処罰されるのもそのためで、内乱罪も同様に考え得る」と語った。国民全体の努力で築いた経済的成果と民主的秩序を破壊しかねない無謀な試みを二度と繰り返させないという、予防的観点からも、断固とした処罰が必要だという趣旨である。

最後に、裁判の過程において反省や自省の姿勢が見られなかった点も、量刑を重くする要因となり得る。かつて全斗煥元大統領でさえ、最終陳述で頭を下げ、「獄であれ死であれ、甘んじて受ける」と述べた。しかし尹氏は、裁判を通じて国務委員のせい、司令官のせい、さらには国会のせいにする姿勢に終始した。今なお、自身に過ちはないという態度である。こうした前大統領を、多くの国民がいまだに許していないという現実もまた、裁判部が容易に目を背けることのできない事情だろう。