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「今こそアジアのクリエイターが再集結すべきだ」 韓日合作に本気だった河井也氏「このままでは映画館が消えてしまう」

「今こそアジアのクリエイターが再集結すべきだ」 韓日合作に本気だった河井也氏「このままでは映画館が消えてしまう」

Posted January. 15, 2026 09:37,   

Updated January. 15, 2026 09:37


1999年、映画「八月のクリスマス」の宣伝のため日本を訪れた許秦豪(ホ・ジノ)監督は、ある「日本関係者」から「女優の沈銀河(シム・ウナ)を主演に、日韓合作映画を作ろう」と持ちかけられたという。席に着いてわずか15分で意気投合し、企画は急速に動き出した。脚本制作の途中、沈銀河が引退を表明し最終的に頓挫したものの、その時に書かれた脚本は、のちに映画「春の日は過ぎゆく」として結実した。

この豪放かつ決断力に富んだ人物は、日本を代表するプロデューサーの河井也氏(68)だった。「ラブレター」(1995年)、「リング」(1998年)など、世界的ヒット作の制作に深く関わってきた。9日、ソウル市鍾路(チョンノ)区の映画館「エムシネマ」で取材に応じた河井氏は、「あの時から、いつか必ず韓国の監督と一緒に作品を作りたいと思うようになった」と振り返る。

河井氏は早くからグローバル市場を見据えていた。1987年に映画館「シネスイッチ銀座」を設立し、外国映画の上映に取り組んだのも、その一環だったという。「当時、日本映画の99%は内需向けだった。この産業構造を、海外市場を意識したものに変える必要があった」と語る。

そうして本格的に始動したのが、1998年の「Y2Kプロジェクト」だ。アジアの有望な監督たちと手を組み、世界市場に挑もうという試みだった。このプロジェクトで制作された作品の一つが、台湾ニューウェーブを代表する監督エドワード・ヤン(1947~2007)の遺作「ヤンヤン 夏の想い出」である。初対面で「一緒にカンヌを目指そう」と始まったこの作品は、2000年の第53回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞し、昨年には「カンヌ・クラシックス」にも選ばれた。

「ヤンヤン 夏の想い出」は、韓国では2000年と2018年に続き、昨年12月31日に3度目の公開となった。今回は4Kリマスター版で、4K復元も河井氏の判断によるものだ。台湾の監督と俳優が参加した作品だが、日本資本が投じられていたからこそ可能だったという。

「当時は『日本人監督でもないのに、日本の投資が成り立つのか』という空気が強く、実際に断られた投資家もいました。それでも『海外でも通用する映画を作れば、将来性のある産業になる』と説得し続けた結果、投資が実現しました。そのおかげで、この映画が生まれたのです」

インタビュー中、「Y2Kプロジェクト」の写真アルバムを手にしていた河井氏は、「もう一度、アジアのクリエイターたちが集結する時が来たと思う」と語った。「このまま放置すれば、映画館そのものが消えてしまいかねない」との危機感からだ。現在、河井氏は、劇場公開を目指す韓日合作映画や日伊合作映画、岩井俊二監督の次回作などを準備している。

[写真]アジア合作映画を主導してきた日本のプロデューサー、河井也氏は「韓国は『映画らしい映画』を目指す国だ。俳優や監督も素晴らしいが、とりわけ優れているのは脚本家だ」と語った。エムフィルムズ提供。


キム・テオン記者 beborn@donga.com