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[社説]惨事から1年2カ月後に発見された遺骨 「葬儀を何度行えというのか」

[社説]惨事から1年2カ月後に発見された遺骨 「葬儀を何度行えというのか」

Posted March. 14, 2026 09:04,   

Updated March. 14, 2026 12:36


2024年12月末に179人が死亡した「12・29済州(チェジュ)航空旅客機惨事」から1年2カ月以上が過ぎたが、犠牲者の遺骨や遺留品が今も見つかり続けている。務安(ムアン)空港に残された事故残骸について先月から政府が合同再調査を進める過程で、犠牲者の遺骨とみられるものが64点も見つかった。このうち9点はDNA鑑定の結果、犠牲者7人の遺骨と確認され、残りは検査が進められている。遺族が必死に探し続けてきた犠牲者の痕跡が、ごみの山の中に放置されていたのである。

事故当時、当局は約1カ月にわたり捜索を行い、現場と周辺で約1000点の遺骨を収容した。回収された残骸のうち、核心エンジンや主要部品は別途移して精密調査を進めたが、残りは重要度が低いとして袋に入れたまま放置してきた。残骸の中に遺骨や遺留品が混ざっている可能性があるため再調査してほしいという遺族の繰り返しの要求を受け、先月から再分類作業を始めたところ、多数の遺骨が見つかった。長さ25センチの犠牲者の脚の骨まで発見された。昨年1月、国土交通部は「残骸回収99%完了」と宣言したが、その自信は何だったのかと問いたい。

遺骨が遅れて見つかったことで、一部の遺族は犠牲者との3度目の別れを準備しなければならない状況になった。事故直後の昨年1月にそれぞれ葬儀を行った遺族は、昨年2月には現場で追加発見された遺骨を集めて合同葬儀を行った。ある遺族は「すでに父の墓には草が生い茂っているのに、今さら墓を掘り返してまた葬儀をしろというのか」と怒りをあらわにした。政府が遺族の声にもっと早く耳を傾けていれば、このような惨状はなかったはずだ。

1995年の三豊(サムプン)百貨店崩壊事故の際、ソウル市は事故残骸を蘭芝島(ナンジド)に埋め立てたが、遺族が自らごみを手で掘り返して遺骨を収容した。2003年の大邱(テグ)地下鉄放火惨事でも、野積みのごみの山から遺骨が見つかった。数十年が過ぎても、惨事の犠牲者に向き合う無神経さはあまり変わっていない。遺骨一片も見逃さないという覚悟で、残された残骸を最後まで確認すべきだ。事故初期のずさんな収拾過程と遺骨が長期間放置された経緯についても徹底的に調査し、責任を問わなければならない。それが今も「あの日」に立ち止まったままの遺族に対する最低限の礼儀だ。