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就任演説で聞きたくない言葉、「過去清算」

就任演説で聞きたくない言葉、「過去清算」

Posted June. 03, 2025 08:50,   

Updated June. 03, 2025 08:50


司法機関の高官を務めた人から以前に聞いた話だ。大統領の任期が始まる際、前政権に対する捜査の範囲と強度について3つの案を大統領府に報告したという。区別しやすいように、最も広範囲な捜査案には赤色、中程度の案には黄色、最も弱い捜査案には青色の印を付けた。ところが、政治家出身の核心参謀が「なぜ大統領の敵をこんなに多く作ろうとするのか」と叱責し、最終的に青色の案が採用されたという。その結果、その政権は、政治報復の議論からは比較的自由だった。

早期大統領選挙が終わり、新たに発足する政権も同様の状況に直面するだろう。誰が大統領になっても、人気のない前政権との差別化をどう図るか、決断の瞬間が訪れるだろう。その最初の関門が大統領の就任演説になる可能性が高い。就任式は、単なる政治勢力の代表ではなく、国家指導者として大統領の権限を委任される場だ。選挙運動で深まった国民の分裂を一つにまとめる手続きが必要であり、そのため伝統的に「過去との戦い」よりも未来志向の国民統合が強調されてきた。

その代表例が、今回のように早期大統領選挙で誕生した文在寅(ムン・ジェイン)政権だった。文氏は、選挙期間中に強調していた「積弊清算」を就任演説から完全に除外し、代わりに国民統合を前面に押し出した。しかし、政権発足から2ヵ月後、積弊清算が最優先の国政課題となり、各省庁で全面的な捜査が強化された。その結果、捜査の問題が未来の政策課題を覆い隠し、牽制と均衡の原則の下で捜査機関を慎重に再編する機会も失われた。「ネロナムブル(自分がすればロマンス、他人がすれば不倫)」かどうかをめぐって国民の意見が分かれ、政権の延長にも失敗した。もし就任演説の方針を貫いていたら、文政権に対する評価は違ったものになっていたかもしれない。

さらに反面教師にすべきなのは、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権だ。民主化以降、歴代最小の票差で当選したにもかかわらず、就任演説で「当然のことだ」として国民統合に言及すらしなかった。振り返ると、検事出身の大統領が野党への捜査を露骨に進める意図があったのではないかという疑念が生じる。野党への強硬な捜査を行えば、大統領の家族に対する同党の捜査を野党が要求するという警告も無視し、ついに検察は野党代表を標的にした大規模な捜査チームを編成した。その結果は悲惨だった。捜査は失敗し、むしろ大統領が「非常戒厳」を宣布し、自ら政権を崩壊させることになった。

政府が国政課題を力強く推進するには、国家の秩序を正すことが必要だ。しかし、過去清算は大義名分と国民の共感がある部分に集中すべきだ。例えば、非常戒厳の疑惑や尹前大統領夫妻に関する疑惑の捜査は、政治報復の例外として扱うべきだ。ただし、過度な強硬策ではなく、適切な方法で真相を究明する必要がある。前述の「青色の捜査方針」に従わなければ、後々問題が生じる可能性があるからだ。

選挙によって指導者を選ぶ制度では、永遠の勝者はいない。勝利の裏には必ず敗北があり、時間の問題で与党はいつか野党になり、野党は再び与党になる。韓国社会は、非常戒厳後、政治的・経済的な破綻の危機に直面している。この状況で罷免された前職大統領は、強硬な支持層と一体となり、むしろ社会の対立を煽っている。戒厳の問題を完全に克服するためには、過去清算だけでは限界がある。大統領自身がまず譲歩し、反対勢力を包容して「国民全体の大統領」になるべきだ。権力を分け合うほど民主主義がより強固になるという言葉もある。今回は、大統領が自分の言いたいことではなく、国民が聞きたいことを優先する姿勢を示してほしい。