日本朝日新聞社の記者として働き、論説委員、編集委員を務め、50歳で引退した著者には、配偶者も子どももいない。「上司のパワハラ」「ワーク・ライフ・バランス」という用語すら存在しなかった時代、一日一日を忙しく生きていた彼に、空いた時間が訪れたのだ。そうして著者は引退後ピアノに出会うことになった。
小学生の時に初めて習ったピアノ。終わりのない練習と怖い先生の記憶がまず浮かんだ。真面目にやれば上手に弾けるという自信はあった。しかし、40年ぶりに会ったピアノは、容易い相手ではなかった。しかも、コンクールや演奏会、音大進学といった具体的な目標もなかった。最後に何が待っているのか全く分からない状況で、著者はピアノと泣いて笑って格闘を繰り広げる。
ピアノを通じて著者は初めて「目的のない没入」の楽しみを知ることになる。生産性と効率性を優先する職場や社会で他人よりも早くより多くの結果を出すことを求められた著者は、人生のパターンを変えて人生を楽しむ術を探す。「人生にはこのような世界も存在したのだ。目標がなくてもどこかに向かわなくても、今この瞬間に目的なく努力するそれ自体が楽しい世界」。
楽譜に書かれた指の番号を必死に読み、鍵盤を押し、老眼のため楽譜を2倍に拡大しなければならない・・・。この愉快で悲しい(?)ハプニングは、ピアノに絡んだエピソードだが、決してピアノに関する話だけではない。ピアノを通じて得た著者の生活に対する洞察、態度が盛り込まれている。
李知訓 easyhoon@donga.com