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血まみれの正義の女神

Posted June. 14, 2022 09:29,   

Updated June. 14, 2022 09:29

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フランス軍の塹壕に英国軍が発砲した砲弾の雨が降り始めた。砲兵らは、塹壕のラインに沿って砲弾を浴びた。砲撃が驚くほど正確で、一発爆発するたびに犠牲者が出た。英国軍が砲撃を止めて前進を始めるまでに5人の将校と80人余りの兵士が命を失った。

この場面は、現代戦争の一場面ではない。1704年のスペイン継承戦争中にドイツで起こったフランス軍と英国軍の戦闘の場面だ。英国軍の指揮官は、チャーチル英首相の先祖であるマールバラ公ジョン・チャーチル。ここに登場する大砲は青銅製の大砲で、現代の大砲に比べて性能と威力が顕著に劣るものだった。

にもかかわらず、大砲の決定力は相当のものだった。しかし、犠牲が大きかった本当の理由は、兵士たちが頭を下げられず直立していなければならなかったためだ。当時の指揮官らは、敵が突撃してくる時、すばやくて機敏に対応するためには、堂々と直立姿勢を維持しなければならないと考えた。彼らは頭を上げて戦場を凝視していなければならない。臆病者のように身を縮めていては自信をなくしてしまう。敵が進撃を始めたとき、身を縮めていては顔を上げてその方向に銃を向けるよりも恐怖と混乱に陥りやすいということだ。当時、貴族将校であっても、兵士の生命はどうでもいいと考える冷血漢ではなかった。彼らの過ちは、このような「虚勢の論理」をあまりにも簡単に信じ、実験と試みで対抗することを考えなかったことだ。そして常に同じ呪文を唱える。「私たちはもっと大きな災難(敗戦)を避けるために、この犠牲を受け入れなければならなかった」。

こういう話を聞けば、激しい怒りと非難を表出する人がいる。しかし本当におかしなことは、そうした人であればあるほど、単純な命題とドグマに執着する傾向が強いということだ。皆がそうだと断言することはできないが概ねそうだ。あなたのドグマは検証してみたのかと言えば、すでに検証されたと言い、検証に失敗すれば正義だと言う。

世の中のすべての不当な措置と苛酷な行為は正義という名前で強行される。人間の最も愚かな行動は正義という名前で包装される。