全羅南道高興郡(チョンラナムド・コフングン)の八峰山(パルボンサン)の麓にある南浦(ナムポ)美術館は地域の文化にとって意味ある存在だ。クァク・ヒョンス館長(71・写真)は1965年に父親が設立した嶺南(ヨンナム)中学校が、生徒が減って2003年に廃校になると、ここを美術館に変え、05年に開館した。お金も人も足りなかったが、小鹿島(ソロクト)の住民のための文化活動も展開した。周りの人からは「狂っている」と言われた。最近、これまでの活動を記録した白書を発刊したクァクさんは、「過ぎ去った時間が夢のようだ」と話した。
クァクさんによると、地方の小さな美術館は運営が大変だった。毎年5、6回展示を開くたびに身銭を切らなければならなかった。作家の招聘、展示企画・演出は全てクァクさんと妻のチョ・ヘジョンさん(67)の役割だ。夫妻は美術館設立後2年半の間、夜間大学院に通い、芸術学修士学位を取得した。クァクさんは、「地域住民の生活の質を高めたかった。教育を通じて後れを取った地域社会に貢献した先祖の意志を受け継ぐために、美術館の名前に父の号である『南浦』を付けた」と説明した。クァクさんが掲げた南浦美術館のアイデンティティは「施し」だ。彼は11年から小鹿島住民を対象に多彩な文化活動をしている。13年に行った「美しい同行―小鹿島の人々」は、小鹿島の歴史とハンセン病患者の哀歓を盛り込んだ大型壁画制作プロジェクトで、芸術を通じた癒しの事例となった。
クァクさんは、「財政や選好度の問題で学芸員2人を採用できない地域美術館は、経歴認定の対象機関に含まれず、学芸員志望生に無視されている」とし、「二極化する都市と地域の人材問題を解消し、地域でも文化をもっと享受できるようにしなければならない」と話した。
キム・テオン記者 beborn@donga.com