もし彼がいなかったら、米大リーグLAドジャースでプレーする柳賢振(リュ・ヒョンジン)も、日本プロ野球阪神に進出した呉昇桓(オ・スンファン)もいなかっただろう。数多い投手に新しい命を吹き込んだフランク・ジョーブ博士(写真)が7日、老患で死去した。享年89歳。
1964年からドジャースの主治医として務めてきたジョーブ博士は、1974年、野球の歴史を塗り替えた新しい手術の創始者だ。同年、ドジャースの左腕投手のトミー・ジョンは、肘のじん帯が切れる負傷を負った。ジョーブ博士はジョンの右肘のじん帯を切り出し、左肘に移植するじん帯接合手術を成功させた。前だったら選手生命が終わったはずのジョンは、以後14年も選手生活を延長し、さらに164勝を上げた。以後、この手術は「トミー・ジョン手術」と呼ばれる。
柳賢振と呉昇桓もこの手術を受けている。13年、ある研究によると、同年大リーグでプレーした全体投手の3分の1ぐらいの124人がトミー・ジョン手術を受けた。名投手出身でドジャース放送の解説者として活動するオーレル・ハーシュハイザー(55)は、自分のツイッターに次のようにコメントした。「ジョーブ博士は野球史上、誰よりも多い勝利とセーブを収めた」。






