小さい時から、靴の作り方を学びたいと思っていたが、思いのほか見つけた韓国でのチャンスを逃すことができなかった。韓国語の全くできないフランス人のジェアン・ボスコ氏(24)が、ソウル城東区聖水洞(ソンドング・ソンスドン)の手作り靴タウンに留まっている理由だ。
靴の職人らが無料講義を行う聖水洞の手作り靴タウンの教育会場で23日、ボスコ氏と会った。先生も、フランス語が全くできず、言葉は通じないが、目で見て、真似しながら学んでいる。
フランスで家族が靴事業を手がけているボスコ氏は、昨年12月、友人らと一緒にソウルに遊びに来た時、弘益(ホンイク)大学や梨泰院(イテウォン)などで目にしたソウルの人たちのスタイルやファッションに虜になった。それまで、韓国について知っていたのは、歌手のサイと江南(カンナム)スタイルだけだった。ソウルの人たちの靴も、目に入った。韓国デザイナーとコラボレーションしたいと思い、1月、再び韓国を訪問したが、偶然、ネット上で聖水洞の手作り靴タウンの教育プログラムに関する話を目にした。5ヵ月間、毎日午前10時から午後5時まで続く強行軍だったが、「やった!」と思ってすかさず申し込んだ。
●夢を育てる手作り靴タウン
聖水洞の手作り靴タウンの教育会場には、ボスコ氏のように、夢を暖めている10数人が、一所懸命に手を動かしていた。ソウル城東手作り靴協会協同組合のウ・ジョンヒョン教育所長は、「聖水洞で数十年間、高級靴を作ってきた職人の後を継ぐ後継者がおらず、12年から城東区役所と一緒に、無料教育プログラムを作ってきた」とし、「今年上半期は20数人を選ぶのに、70人以上が殺到し、下半期は志願者が100人以上殺到するものと見られる」と主張した。
00年代前半、800ヵ所以上だったここの工場は、最近、350数ヵ所にまで減少した。高級市場は輸入ブランドに、中低価格市場は、中国製靴に奪われ、活気を失った。しかし、靴企業の社長らが力を合わせて協同組合を作り、教育会場を開設したところ、未来をかけてみたいという若者らが現れた。
ソウル城東手作り靴協会のバク・ドンヒ会長は、「一所懸命に学んで、若者同士が手作り靴工房を作りたいと口にするのを目にし、聖水洞を本物の『ブランド靴のメッカ』へと発展させることへの希望を感じている」と主張した。
教育場で会ったシン・テモ氏(29)も、靴に未来をかけるつもりだ。ファッション業界で働いている彼女と結婚し、オーダーメイドのスーツや靴を作るブランドを一緒に立ち上げる夢もできた。シン氏は、「5ヵ月間の教育だけでは、職人の真似をするのが難しいと思って、今後5年間、ここの工場で働きながら学び、その後私たちのブランドを立ち上げるつもりだ」と話した。
●SSSTがデパートに登場
ロッテデパートのキム・ミンギュ靴バイヤーは、仕事柄、聖水洞に頻繁に足を運んでいる。そんな時、昨年6月、聖水洞の手作り靴タウンのオリジナルブランド「SSST」の売場が目に付いた。デパートの売場で販売している高級手作り靴レベルの品質に、価格は3分の1足らずだった。これほどのよい靴を、聖水洞の売場だけで販売するのはもったいないと思い、バク会長に連絡した。「ひとまず、デパートで売ってみませんか?」
意気投合したバク会長とキム・バイヤーは24日、ロッテデパートの蠶室(チャンシル)店地下1階で、「手作り靴特別展」を開いた。
一日の流動人口が15万人に上るところだ。30日まで行われる短い行事だったが、SSSTには大きな意味合いがあった。初めて、SSSTという自分のブランドを打ち出して、デパートで消費者と会ったのだ。27日と28日は、13歳から靴を作ってきたキム・ミョンシク職人(73)の手作り靴の製作実演も行われた。イタリアのフェラガモやグッチの職人らが行うのと同様のイベントだ。
最初は、デパートで靴を売ることに、製品を納入するブランド会社に気を使うのではないか、靴のみ作るだけで、売場での陳列や管理は誰がやるのかなど、面倒がっていたメーカーもあった。しかし、聖水洞の手作り靴タウンが蘇るためには、職人らの実力を自由に自慢できる製品を作って、高級化を図るべきだと、意を共にした。
SSSTは、ソウル市から支援を受け、聖水洞で作った手作り靴であることを消費者に知らせるQRコードを、靴につける案も推進している。今年、協同組合を立ち上げ、会員らは機械の誘惑に落ちないことをお互いに約束した。よい皮を使って、手作りで韓国で作ることを強調するためだ。
バク会長は、「聖水洞には、靴の技だけではイタリアの職人らに負けないが、勉強が足りないと思って、工場の技能工だと肩身の狭い思いをしている人々が多い」とし、「彼らが自分の技に誇りを持つのが、聖水洞が復活する第一歩になるだろう」と主張した。
kimhs@donga.com






