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[社説]ハンナラ党は民主党化、民主党は民主労働党化

[社説]ハンナラ党は民主党化、民主党は民主労働党化

Posted January. 06, 2012 03:04,   

与党ハンナラ党の非常対策委員会(非対委)が、政治大綱・政策から「保守」という文言を削除することを議論している。非対委の金鍾仁(キム・ジョンイン)大綱政策・総選挙公約分科委員長は、「外国のどの政党の政治大綱・政策にも『保守』が入った例は見あたらない」と述べた。英国の保守党を見れば、金非対委員の発言は誤っている。英国保守党は170年以上「保守」を党名に使っている。守るべき価値を守る「保守」が問題ではなく、「保守すべきものをちゃんと保守できないこと」が問題だ。自由民主主義市場経済と法治で圧縮される大韓民国の憲法的価値を守ることこそ真の保守だが、これも捨てろということか。

金非対委員は、「問題はリーダーだ」という本で、「私たちは今、保守と進歩という言葉自体が不必要なポストイデオロギーの時代を生きている」と主張した。保守が自由民主主義を守るイデオロギーを意味するなら、変種共産主義、世襲王朝体制の北朝鮮と対立する韓国にとって、この言葉はなおさら捨ててはならない。金非対委員は1980年に全斗煥(チョン・ドゥファン)軍部勢力が主導した国家保衛非常委員会立法委員で政界入りし、民正党創党の時、政治大綱の作成に参加した。金非対委員は、憲法を銃で踏みにじった軍事政権に協力したうえ、一時は金大中(キム・デジュン)政権に協力したことで、「真の保守」を追求してきたと言うことはできない。

ハンナラ党は創党以来、党憲で「中産層が厚い社会」、「社会の二極化が解消される社会」を追求すると明らかにした。ハンナラ党が中道性向の有権者の心をつかみたいなら、公約で外延を拡張すればいい。英国保守党は、チャーチル内閣で中道に動く時も、サッチャー内閣で中道を捨てる時も、いずれも公約(manifesto)を通じてそうした。ハンナラ党が保守という表現を初めから使わなかったのならいざ知らず、今になってこの表現を削除することは、浅はかな日和見主義に映り、健全な保守層の反発と離脱だけを呼ぶ恐れがある。李明博(イ・ミョンバク)政府が失敗の道に入った一つの原因は、中道左派に支持層を広げることができなかったためではなく、何度も保守支持層の期待を裏切ることで、国政の各ヤマ場で「背を向けた支持層」が応援の動力とならなかったためだ。

民主党は昨年、民主統合党を結党して野党陣営の統合を果たし、大綱・政策で「法治」、「市場経済」という用語を除去しようとしたが、世論の顔色をうかがい躊躇した。「法治とともに市場経済は、ドイツ社会民主党(SPD)や英国労働党などの西欧左派政党も認めている価値だ。ドイツSPDは1959年、ゴーデスベルク綱領を通じて、英国労働党は1995年の党憲4条の削除を通じて、生産手段の国有化を廃棄した。

ハンナラ党は過去の民主党路線を追いかけ、民主統合党に新装開業した民主党は民主労働党の路線を追いかけている様相だ。野党陣営の中心が急激に左に傾いているため、ハンナラ党が中心を捉えて耐えてこそ、韓国社会の均衡が維持される。ハンナラ党非常対策委が追求する刷新は、「保守と決別した中道」というマイナス刷新ではなく、「中道を含む保守」というプラスの刷新にならなければならない。