暴力事件があったと想定しよう。余りにもひどい暴力だったので、目撃者らが立ち上がり、都市は麻痺するほどだった。是非を問う裁判が開かれた。暴力は厳然たる事実だったので、攻防の焦点は当然、暴力が故意だったかどうかだった。ところが、裁判長は語った。「判決。暴力はなかった」。
◆狂牛病(BSE)を巡るMBCの「PD手帳」の故意的歪曲を最初に暴露したチョン・ジミン氏は、裁判が終わった後、あきれるばかりだと語った。チョン氏は、同番組の共同翻訳や監修を担当した。狂牛病番組の放送から2ヵ月後、PD手帳は、「一部で意訳があり、誤解を招いたのは残念だ」と釈明すると、「問題は翻訳ではなく、狂牛病の危険性を強調しようとした制作側のねらいにある」と真っ向から反ばくした人は、ほかならぬ彼女だ。制作側が明らかにしたように、歪曲はPD手帳も認めたことだ。ただ、故意ではなく、ミスだという。ところがソウル中央地裁の文盛冠(ムン・ソングァン)判事は、彼らに無罪を言い渡した。チョン氏は、「虚偽事実そのものがなかったという判決に、制作側はかえって戸惑っただろう」と話した。
◆「動機ある推論(motivated reasoning)」という概念がある。人々はすでに自分が信じていることを確認させる情報を求め、これに適しない情報には目を背け、事実が信念とかみ合わない場合は、信念ではなく事実のほうを捨てるという。チョン氏も、「裁判官は最初から無罪だという結論を出しておいて、それに組み合わせたようだと受け止めざるを得ない」と主張した。チョン氏は、裁判官を告訴できるものなら、そこまでしたい気持ちだとも語った。
◆チョン氏は、「歴史を勉強する人として、私は事実関係の把握や再現、そして許容可能な誤算範囲について、常に考えている」と自分のことを説明した。自分が知っている事実が捻じ曲げられた時、間違ったことについて間違ったと語るのには、大げさな善意までは必要なく、人間の基本的なプライドだけでも十分だという。チョン氏が、PD手帳を巡る事件について書いた「柱」の副題は、「私は事実を尊重する」である。「事実関係とイデオロギーとが食い違う場合は、前者が尊重されるべきだ。私と基本的な理念が相当異なる人々も、事実関係を尊重することを期待する」。チョン氏が序文で書いたこの言葉とは裏腹に、イデオロギーが事実をもてあそぶ出来事が相次いでいる。まもなく留学に発つチョン氏が、すばらしい歴史学者に成長することを願う。
金順鄹(キム・スンドク)論説委員 yuri@donga.com