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韓悳洙判決が突きつけた公職者の「憲法守護」の責務

韓悳洙判決が突きつけた公職者の「憲法守護」の責務

Posted January. 23, 2026 10:30,   

Updated January. 23, 2026 10:30


裁判所が21日、韓悳洙(ハン・ドクス)前首相に対し、検察の求刑を1.5倍以上上回る懲役23年を言い渡したことは、きわめて異例だ。まだ一審判決であり、法理や量刑を巡る論争は続くだろう。今後相次ぐとみられる尹錫悅(ユン・ソクヨル)前大統領や他の閣僚に対する判断も見極める必要がある。ただし、「12・3非常戒厳」に対する司法の初の判断として、社会に投げかけるメッセージは決して軽くない。

今回の判決は、単なる憲法順守にとどまらず、憲法を守る義務を果たさなかった高位公職者を厳しく断罪した点で、民主・法治国家における公職者と官僚社会全体に、その憲法上の責務と姿勢を強く問い直した。求刑を大きく上回る重刑が下された背景には、12・3内乱が過去の軍事クーデター以上に深刻な害悪をもたらした「上からの内乱」、すなわち親衛クーデターであり、それが先進民主国家・韓国で起きた時代錯誤の行為だったという認識がある。社会の成熟度がかつてとは比べものにならないほど高まった現在、公職者にも権力の監視者、乱用の歯止め役として、より重い責任を負わせたのだ。

一審裁判所は、韓氏が内乱を黙認したにとどまらず、加担したと判断した。政府ナンバー2として憲法守護の責務があるにもかかわらず、それを果たさなかった不作為は、内乱参加と本質的に変わらない。さらに、閣議の審議という外形的な手続きを整え、報道機関への断電・断水まで議論するなど、内乱の重要任務にも積極的に関与したと認定した。

政権を選ばず重用され、「処世の達人」と称されてきたエリート官僚である韓氏にとって、妄念にとらわれた権力者の暴走を、誰が止められたのかとの反論もあろう。だが、内乱の夜に戒厳を明確に反対せず、大統領権限代行として憲法裁判官の任命を拒み、さらには大統領選出馬まで宣言するという、きわめて機会主義的な振る舞いを見せた。裁判所が「内乱が成功するかもしれないとの認識の下で、その一員として加担する選択をした」と断じた理由だ。

選挙で選ばれた大統領が国政の最高責任者であるなら、政府の最高位任命職である首相は、単なる補佐役ではなく、責任を分担する存在だ。命令服従が厳格な軍の指揮官でさえ、さまざまな形で内乱に抵抗した。その中で、最高位の公職者である韓氏は、軍人、警察、市民が果たした役割にすら及ばなかった。今回の判決は、特定の個人を裁いただけではない。すべての公職者に向けた、厳粛な警告だ。