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[オピニオン]国軍ソウル地区病院

Posted August. 06, 2008 06:44,   

ソウル鍾路区三清洞(チョンログ・サムチョンドン)通りを歩いていると、景福宮(キョンボクグン)の向こう側に昔の低い建物が現れる。正門には「国軍ソウル地区病院」という看板が付けてある。意識せずに通りかかるとあまり目に留まらない。79年前の1929年、京城(キョンソン)帝国大学付属病院としてオープンした当時は、現代風の2階建てで有名だった。しかし、1930年代末、太平洋戦争の初期に増築され、日帝の「京城陸軍衛戍病院」に衣替えしてからは、現代史と切り離せない縁を持つようになった。

◆国軍ソウル地区病院は、軍人より前職・現職の大統領と政府高官が主な客だ。よく「大統領専用病院」に通じる。医療スタッフや施設、予算の規模は各地域の国軍統合病院など他の軍病院とは比べものにならないほど多くて大きい。患者は極少数なのに、人員と予算が他の軍病院の数十倍という点が国政監査の時によく指摘された。1979年10・26事件の時は、朴正煕(パク・ジョンヒ)元大統領が当時の金桂元(キム・ゲウォン)秘書室長におぶられて、ここへ来て死亡判定を受けた。最近は、盧泰愚(ノ・テウ)、金大中(キム・デジュン)元大統領が入院治療を受けた。

◆この病院は、国軍機務司令部(旧国軍保安司令部)と同じ垣根の中に同居している。保安司は1977年創設以後、一時中央情報局(国家安全企画部)と共に独裁政治を下支えする二本柱だった。1979年12・12クーデターで全斗換(チョン・ドゥファン)新軍部が権力を掌握したことを機に、安企部までも統括する最高の権力府として登場した。現代史の激しい波が押し寄せていたこの場所が、この10月、機務部の京畿道果川市(キョンギド・グァチョンシ)への移転と時を合わせて、文化空間に衣替えするというから感慨がないわけがない。歴史の証人が消えていくような気がして寂しい。

◆大統領の変故や国の危機状況を心配する声も聞こえる。ここは大統領府と近いため、10・26のような緊急状況で保安維持に良く、迅速な統帥権委譲に役立つという見方もある。1963年11月22日、米ダラスで狙撃されたジョン・F・ケネディ大統領の死亡が最終確認されると、米行政部は遺体をワシントン・ベデスダ海軍病院へ緊急空輸した。同時間、大統領専用機の中で、リンドン・ジョンソン副大統領が大統領就任宣誓を行った。一瞬の権力空白も許さない措置だった。

陸貞洙(ユク・ジョンス)論説委員 sooya@donga.com