李明博(イ・ミョンバク)大統領が7日に断行した内閣改造は、国民を失望させた。多くの国民は、李大統領と政府が心機一転して、国政危機を収拾し、李大統領が就任当初に国民に約束した政権の初心を果たす人事の土台を再構築することを期待した。しかし、長考の末の「付け焼き刃人事」にとどまってしまったというのが、大方の世論だ。首相と15人の閣僚全員が辞意を表明せざるを得なかった「政府の失敗」が解消されたわけでもないのに、閣僚3人の交代でごまかそうとした格好だ。これは、李大統領が約束した「国民の目線に合わせた人事」とは程遠い。
政府の総体的危機は、「米国産牛肉は、狂牛病(牛海綿状脳症=BSE)牛肉」という宣伝・煽動が偽りだらけであることを積極的に国民に説得する努力もせず、「ろうそく」を恐れて、右往左往したために増幅した。責任ある当局者たちが、石を投げられることを覚悟して、国民の前に出て、交渉過程の過ちは認めながらも、「狂牛病怪談」には断固として対応すべきだった。一部の不法デモ隊が2ヵ月以上、ソウル都心を無法地帯化させたにも関わらず、法治を守り抜くという意志を見せるどころか、「大統領府死守」にだけ没頭したため、「政権交代」の意味まで急速に色あせた。
政府は、「ろうそく」が広がる時は息を殺し、デモが和らぐ気配を見せれば、効果もない談話を出す機会主義的な姿を見せた。ろうそくの渦の中で、誰が国を守り、デモ隊の大統領府行進を阻止したのか。不法と暴力を拒否した多くの国民と、大韓民国の漂流だけは阻止しなければならないと立ち上がった良心的勢力、そして主流メディアが、政府を泥沼から救い上げたのだ。
ソウルのど真ん中で、市民と商人の生存権・生活権が踏みにじられる間、大統領府は何をしていたのか。大統領と政府が、不法デモに対抗して、自由民主主義と市場経済を守護するという決然とした意志を見せたなら、聖職者までデモに加勢するという不幸な事態も起こらなかったはずだ。
大統領選挙で、「自由民主主義、市場経済、法治」を立て直せと、531万票差の大勝を与えたにもかかわらず、人事、与党の総選挙候補公認、対米交渉などで相次いで過ちを犯し、窮地に追い込まれ、右往左往した。そして、多少余裕を取り戻すと、一時しのぎの人事で政権保身している、といった印象を与えている。国民の要求は、痛烈な反省を通じて、5年間この国を率いる新たなビジョンと体制を見せてほしいということだった。国民の失望感と惨憺たる心情を洗い流すことなく、李政府に希望はあるだろうか。






