今年4月7日は、韓国初の民間新聞である独立新聞の創刊から112年になる日だ。韓国新聞編集人協会がこの日を「新聞の日」と定め、言論の自由の重要性と新聞の役割を再確認してきたこの日も、今年で52回目となる。「世の中を読め、新聞を開け」をスローガンとする新聞週間(4月2日〜同7日)を前に、東亜(トンア)日報は今日、創刊88年を迎えた。この機に、本紙が追求してきた価値とこれからの方向性を読者のみなさんに明らかにしたい。
新聞は多様な機能を有しているが、その中でも第一のものは、国家社会の番人であり、健全な公論の場としての役割を忠実に果たすことだと私たちは信じる。本紙が、創刊の社是や韓国現代史の重大事のたびに社説を通じて強調してきた価値は、大韓民国憲法の基本原理と一致する。まさに自由民主主義、市場経済、文化主義と法の支配を具現することだ。これこそが国利民福を増進する道であり、先進化への近道であることを、世界と韓半島の歴史的体験が証明している。
韓半島は、1948年に南と北にそれぞれ大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が樹立した後、北朝鮮の南侵で戦争を経験し、分断はさらに固定化した。究極的には、南北が一つになって「韓国民」として生きていくことが、私たちに与えられた重い課題だ。しかし、自由民主、市場経済、法治の基盤が整った大韓民国の主導で統一が成し遂げられてこそ、意味があるという点を明確にしておきたい。
3・1運動の翌年の1920年に誕生した東亜日報は、日本の植民地支配期には、民族の自強独立を追求する表現機関たることを自負した。日本総督府統治下で新聞を発行するために、時には侮辱され屈辱を経験しながらも、文盲率を減らす運動や国産品奨励運動といった愛国愛族事業を通じて、未来の独立国家を目指して準備をしてきた。
東亜日報は、無期停刊4回、発売禁止63回、押収489回、記事削除2423回という植民地支配の残酷な弾圧に立ち向い、結局は廃刊という「死刑宣告」を受けた。解放後には、大韓民国の建国と民主化の案内役として権威主義独裁権力と闘い、民主化勢力の垣根になろうと努力してきたと自負している。
私たちは、大韓民国憲法の伝統性を否定する勢力に対しては、躊躇せずに批判の筆鋒を振るった。国民の血と汗で短期間に世界10位圏の経済大国を建設し、民主化を果たした大韓民国を侮辱する勢力を前にして、本紙は是々非々論で卑怯に退くようなことはない。自由、市場、法治を脅かす勢力と、これらを具現しようとする勢力を算術的に等距離で評価することはできない。
私たちは、先の二つの政権で、言論の自由の重要性を改めて実感した。左寄り政権は、民族的に不幸だった時代に奮闘した東亜日報の歴史を一方的に歪曲し、その延長線上で、新聞市場まで権力の思いのままに改編しようとした。これからも、メディアに対して不当に圧力をかけるいかなる勢力の動きにも、決して屈することはないだろう。さらに私たちは、言論の自由には重い責任が伴うことを常に肝に銘じ、自己省察を怠ることはしない。
私たちは、新たにスタートした李明博(イ・ミョンバク)政権が成功することを願うが、誤った道に進んでいると判断される時は、厳しく批判するだろう。左派ポピュリズムであれ右派ポピュリズムであれ、政権の利益のために国民を欺瞞する政治を寄せ付けることがあってはならないというのが、私たちの確固とした考えだ。無能と混乱の歳月に戻り、国が漂流してはならない。
大韓民国が成熟した市民社会、世界から尊敬される国家になるには、時代遅れの意識と制度を投げ捨て、絶えず手を加え、新しく作り上げなければならない。新政権が、政権利己主義に陥り、権力を戦利品化し、国民全体の利益よりも特定集団の利益を図り、保守腐敗を温存させて傲慢と独善に陥り、実行各論で試行錯誤を繰り返すようなら、痛烈な批判の対象にならざるをえない。
本紙は、正確で有益なコンテンツを提供し、事案の核心を突いた論評で、読者の声援に応えることを約束する。メディア環境の変化に合わせて、放送通信の融合時代にも能動的に対処し、読者に多様なメディア、多彩な声をもって近づいていきたい。
権力に対する監視、牽制、批判は、いかなる時代にも変わらないメディアの存在理由だ。東亜日報は、創刊88周年、そして第52回新聞週刊を迎え、このようなメディアの原点に立ち返り、真の国利民福の側に確固として立つことを重ねて約束する。






