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[オピニオン]何如歌、丹心歌

Posted June. 30, 2007 04:14,   

「ああでもこうでも、それがどうした/万寿(マンス)山のつたが絡みついたからどうだというのか/我々もそのように絡み合い、百年までも栄えようではないか」

高麗(コリョ)時代末、後に朝鮮の太宗(テジョン)になった李芳遠(イ・バンウォン)は、このような時調を詠んで、鄭夢周(チョン・モンジュ)の意中を推しはかった。父・李成桂(イ・ソンゲ)が威化島(ウィファド)から回軍し、高麗朝が風前の灯だった時だった。後世に「何如歌」と伝えられるまさにその詩だ。これに、高麗の忠臣・鄭夢周は「丹心歌」で答えた。

「この身が死んで、また死に、たとえ百回繰り返し死に、/白骨が塵となり、魂がなくなっても、/王に対する忠誠心は、変わるわけがあろうか」

◆咸承熙(ハム・スンヒ)議員が28日、何如歌と丹心歌を詠い、民主党を離党した。民主党と中道改革統合新党が「中道統合民主党」に合併したその日だ。中道改革統合新党のメンバーたちは、4年前に「100年政党」を作ると政治的母胎である民主党と仲間を裏切って飛び出した人々だ。その人々が、国政の失敗をまるで一部の「親盧勢力」の責任であるかのように押しつけて、再び民主党に手を差し出す状況を、「ああでもこうでも、それがどうした」と言って、ただ受け入れることはできなかったのだ。

◆咸氏は元検事だ。95年の権力型不正事件の捜査の秘話をまとめて、『聖域はない』という本を出版し、当時は「聖域に挑戦した検事」として有名になった。00年の第16代総選で、咸氏は新千年民主党を選んだ。故郷(江原道襄陽)ではなくソウル(蘆原甲)を選挙区に割り当てられ、不満がなかったわけではない。しかし、「93年、同和(トンファ)銀行の秘密資金事件を徹底的に捜査していたなら、盧泰愚(ノ・テウ)秘密資金事件はもう少し早く明らかにできただろう・・・」と残念がった。国会議員になっても、組職暴力団といえば「悲憤慷慨(ひふんこうがい)」する検事の「初心」を持ち続けた。

◆咸氏は、離党声明書で、「政治的立場が不利になると思えば、所属政党や政派を惜しげもなく投げ捨てる人々が、上は大統領候補、国会議員、道知事から、下は市郡区議員に至るまで、全国にたくさんいる」と言った。この言葉にギクッとする人は一人や二人ではないが、すでに神経がマヒして平気なようだ。

金昌赫(キム・チャンヒョク)論説委員 chang@donga.com