政府省庁の記者室を統廃合し、取材を制限する案を発表した後、国政広報処が全面に出て、新制度を弁護するのに忙しい。国政広報処が運営するサイト「国政ブリーフィング」は、「政府が、公開することは公開し、批判を受けることは批判を受けるという約束を公式化したものだ」と自負した。国民を惑わす言い逃れである。今回の措置の核心は、政府がマスコミ取材を遮断し、むしろ「公開」と「批判」を阻止しようとするものだ。
国政広報処は、「記者室特恵が国民の知る権利か」という文章で、「会見を聞いてもっと深く取材する事項があれば、政策担当者に電話をかけて聞けばいい」と具体的な取材方法を教えている。しかし、重要な懸案が発生しても訪問取材は事実上禁じられ、数十人の記者が担当者に電話をかければ、話し中の信号音が聞こえるだけだ。
03年に導入された「開放型ブリーフィング制」も、政府が知らせたいことだけを出すか、旧聞の二番煎じの味気ない会見で一貫し、記者の出席率が低調なのが実情だ。記者が敏感な質問をすれば、「時間がない」と言って回避するのが常である。情報公開を拡大するという約束も守られなかった。
今回の措置は、露骨に記者の接近圏を遮断し、行政秘密主義に進むという発想である。「世界的慣行」という言葉も真っ赤な嘘だ。米国は政府省庁ごとに記者室を運営しており、日本では記者室が約800に達する。
金蒼浩(キム・チャンホ)国政広報処長は、今回の措置に先立ち、言論団体や学者の意見を収れんしたと言ったが、ある言論団体長は、「一度会って、むしろ憂慮を示した」と話した。国政広報処は、「マスコミと政府の健全な緊張関係を復元することが、『先進化方案』に盛り込まれた真の精神だ」と言い繕っている。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は、「記者室に閉じこもり、談合している」と事実と異なる表現で記者たちの名誉を傷つけ、曖昧な謝罪を一言だけ言って、取材封鎖方案を推進した。大統領のでたらめ発言を機に、このような方案を作ったことを世間はみんな知っている。
国民の知る権利と言論の自由は、記者が取材できる自由の裏づけがあってこそ実現可能だ。取材を現実的に遮断しておいて、知る権利の侵害と取材の自由の制限はないと強弁する金処長も、過去、新聞社で働いていた時は、言論の自由が民主主義の根幹だと信奉していたはずだ。盧大統領は、憲政史上、言論の自由に関する限り最悪の大統領として、金処長は卑怯な番人として記録されるだろう。






