「私は、小学校を4校通いました。よく引っ越しをしたためです。4年生の時、西大門(ソデムン)区にあるクムファ国民学校に転校しました。その当時が一番貧しかったと思います。母は体の具合が悪く、毎日おからを炊いて食べた時代でした。その頃、三養(サムヤン)ラーメンが初めて出たんです」。ソウル市長候補の康錦実(カン・グムシル)氏が、自分のミニ・ホームページに書き込んだ文章だ。彼女のライバルである呉世勲(オ・セフン)候補も、マスコミとのインタビューで、幼少時代の苦労談を打ち明けた。「家が貧しく、何ヵ月も食事をラーメンで済ませました」。
◆地方選挙に出馬した多くの候補が、各種メディアを通じて、それぞれ苦労して成長したと告白している。洪準杓(ホン・ジュンピョ)ソウル市長候補は、「中学・高校時代、弁当を持っていくことができず、水道の水で空腹を満たした」と述べ、陳大済(チン・テジェ)京畿(キョンギ)知事候補は、「バラック小屋に住んでいたが、撤去された」と話した。有権者は、候補者たちがどのような道を経て今日に至ったのかを知らなければならないため、候補者は正直で詳細に明らかにする義務がある。どうせなら不利な条件を勝ち抜いた人の方がよく見え、人間的な体臭を持つ候補が当選した方が、うまくやるように思える。
◆しかし彼らの「貧乏告白」は、あまり感動的ではない。1960年、70年代を生きた韓国人で、その程度の苦労をしなかった人はいないからだ。本当にひどい苦労をした人は、貧乏の話が出れば、むしろ言葉を控える。地方選挙の有力候補たちは、その中でも生活のよかった人たちだ。「私も一時貧しかった」という一言で一般人の親近感を引き出すには、私たちの意識の深い所に残る本当の貧しさの記憶の方がまだまだ深い。
◆地方選挙に最先端のマーケティング戦略が総動員されている。特定の色を掲げるイメージ・テクニックに続き、「貧乏マーケティング」まで登場したのだ。いくら奇抜なテクニックが出たとしても、票を決定するのは有権者の心だ。票心が軽いと嘆くが、思ったほどには簡単になびかないのが票心である。心を動かす方法について、もっと悩むことだ。
洪賛植(ホン・チャンシク)論説委員 chansik@donga.com






