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韓国初、ボクシング選手出身の博士誕生

Posted February. 22, 2005 23:09,   

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「パンチドランカー症状のため記憶力が落ちて大変だったんです。それで人より4、5倍はさらに本を読まなければならなかったです。プロボクサー出身だから立ち遅れると言われないために、本当に頑張りました。涙も出ますし、嬉しいです」。

韓国のプロボクサー出身者として史上初めて博士号を取った金ジェフン氏(46)は、万感が入り混じるような表情だった。同氏は、22日、同徳(トンドク)女子大学で「生活体育と連携した学校体育施設の経営活性化方策」と題した論文で学位をもらった。

同氏がボクシングを始めたのは、中学校卒業を控えていた頃。父親の事業が失敗して家の事情が厳しくなると、「チャンピオンになってお金を稼ぐ」と言ってグラブを手にしたものだ。同氏の根性を窺わせる一話を一つ。アマチュア・ボクシングの特技生として釜山の東亜(トンア)大学に入学した同氏は、ソウルから釜山まで走った。世界チャンピオンになる体力と精神力を持っているかを確認するためだった。完走には11泊12日がかかった。

67戦55勝(46KOとRSC)12敗というアマボクシングの成績を残した同氏は、1980年8月、プロにデビューした。選手生活のかたわら、1985年、建国(コングク)大学大学院で「ボクシングの基本技術のうち、ジャブに関する研究」で修士号を取得した。同氏は、当時ファン・チュンジェ、ファン・ジュンソク(以上、元東洋チャンピオン)たち強者が大勢いるウェルター級で、韓国ランキング2位まであがった有望株。しかし、2人の選手の壁を乗り切れず、引退した。

引退後、本のセールスマン、工事現場などで働きながら生計を立てていた2年余りの期間を、同氏は「血涙が流れた時期」と表現する。そうするうちに1987年、ソウル・テジン高校の体育教師に任用されて新しい人生を始めた。

「チャンピオンの夢は水の泡になったのに、胸の中の熱情は冷めないし…。それで、新しい目標が必要になって、博士号に挑戦することにしたんです」。

職場と学業を併行したため、大学院の授業途中に倒れて、病院に入院したこともあった。現役のボクシング審判でもある同氏の新しい目標は、プロボクシング選手の体重調節、訓練方法、パンチ技術に対する研究を行うこと。

「私の夢は結局ボクシングに帰結されます。叶えられなかったチャンピオンの夢を学問で実現したいです。貧乏で勉強できない人がボクシングをやるという認識を払拭させて、プロボクシング発展の理論的土台を築きたいと思っております」。

グローブは脱いだものの、同氏の心は相変わらず四角のリングに止まっている。



李元洪  bluesky@donga.com