
世の中はいつも変わるものなのだが、それでも変わらないものがある。旌善(チョンソン)線ミニ列車がそれだ。
たった1車両の客車をさびしくつないで旌善の山奥の甑山(ツンサン)と九切里(クチョルリ)2駅を結びつける長くない単線鉄路(45.9km)を一日3回往復するこの列車。炭鉱景気が好調で、 九切里が人々でにぎやかだったときまでは、ゴールド路線列車だったが、廃鉱されて一気に静まり返った山里に立ち返ってきてからは、赤字路線となり、厄介者扱いされている。
ところが、通貨危機に見舞われてやってきた下見旅行ブームに乗り「ミニ列車」が人々の関心を再び引き出してからは、この列車を求めて訪れる人も増えているので、もはやお払い箱ではないようだ。 旌善のアラリリズームが生まれたアウラジ(松川と骨只川の両川がひとつとなってなじんでいくという意味)を客車1車両つけ切りで走り渡すものめずらしい列車に乗ってみるためだ。
00年11月、秋風が涼しく吹き渡っていたある日。全国の多くの鉄道路線のうち、唯一この 旌善線を運行していた最後のハト号列車が歴史の中から消え去ってしまった。地下鉄のように向かい合って座る緑の布カバー座席が設置された古い客車。真冬となると、真ん中に真っ黒い石炭暖炉を使って暖房するほど粗末なものだった。
露天市場が開かれる日になれば、孫へのお小遣いを稼ぐため、山菜やら、大根乾しやらをふろしきに丁寧に一抱え包んでそれを抱えては、 旌善の露天市場に売りに出ていた深いしわのあのおばあさん、下校道に汽車に乗り込み、椅子にランドセルを無造作に放り投げ、隅っこに集めて座り、べちゃくちゃとひっきりなしにしゃべって心温まる騒音を作っていたあの子供たち….
その日、最後に九切里駅を発ち、 甑山駅に向かっていた古くて粗末なハト号客車で、一度過ぎ去ってしまえば永遠に戻ってこない時間のわびしさを改めてしみじみと感じた。この列車、この風景を二度と目にすることはできないだろうなって。
それから3年余。今度は、突拍子もないことに高速鉄道の熱風が押し寄せ、退役したハト号の代わりにこの鉄路の主人になった統一(トンイル)号列車まで、歴史の中に葬り去られてしまった。4月1日、高速鉄道の開通と統一号列車の退役が「同時上映」されたわけだ。「スローフッド(Slow food)」だの、「スローライフ(Slow life)」だのなどと、最近の世の中は遅さの哲学を重視しているが、交通手段に限ってはその反対だ。遅い者は誰もかれもが強制に追い出され、敏捷な者のみ歓迎される時代だ。
しかし、ご心配なく。 旌善線のこの統一号列車は「速速益善:早いほど得」の高速鉄道のブームにも負けず、なお健在だから。だからといってまったく変化がなかったわけではない。「統一号」という名前は消えて、代わりに「通勤列車」という生半可な名がついた。基本料金も100ウォン引き上げ(1100ウォン→1200ウォン)られた。また、午前2時15分甑山駅を出発し、 旌善駅までのみ往復していた明け方列車の運行が中断された。しかし、甑山駅と九切里駅を行き来する既存の列車は従来どおり一日6回(3往復)運行中だ。幸いといわざるを得ない。
旌善線のミニ列車がいつまで龍坪(ヨンピョン)リゾートから流れ落ちる松川(ソンチョン)と太白(テベク)の漢江 (ハンガン)の発源地から流れてくる骨只川(コルチチョン)に流れあい、チョヤン江をなすアウラジのかなたにある旌善の山奥を通り抜けて九切里駅まで往復するかはまだわからない。旌善郡が手がけている「レールバイク」(自転車のようにペダルを踏んで、その推進力で鉄路を走るように工夫されたもので、区間は九切里駅とアウラジ駅の間)の運行が許可されれば、通勤列車の運行区間も甑山駅とアウラジ駅の間だけに限られる羽目だからだ。早ければ今年秋になるかも。
そのため、旌善線ミニ列車にまだ乗って見られなかった方、アウラジ川の向こうの小川に沿ってのろのろ走る一車両列車をまだ目にしたことのない方。消え去ってから後悔せず、急いで乗ってみることだ。最近は「カフェ列車」に改造され、窓外風景を眺めるのにもぴったりだ。旌善の露天市場が開かれる日(日付の最後が『2』と『7』である日)を覚えておいてから、田舎の露天市場も見物し、ミニ列車にも乗ってみよう。
趙誠夏 summer@donga.com






