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[オピニオン]シェリーの歌

Posted August. 06, 2003 21:55,   

ブレア英首相夫人・シェリーさんが、夫の代わりに歌った歌が欧州のダンスクラブで人気だという。先月、首相夫妻が中国の鋻華大を訪問したときのことだ。学生との対話の雰囲気は穏やかなものではなかった。イラクに大量破壊兵器があると嘘をついているのではないか、なぜ大英博物館には中国の文化財がそんなに多いのかなど、学生の鋭い質問が続いた。

◆質問時間の終わり頃、突然ある学生が歌を一曲お願いすると叫んだ。戸惑ったブレア首相が「これは予定になかったものだが…」と言いながら、夫人に目をやった。シェリー夫人はすばらしい救援投手だった。

「ビートルズの歌を歌えっていうことですか。私がやってもいいですか」。そのとき歌ったビトルズの『When I`m 64』がダンス風にリミックスされ、今欧州のリゾート地で大きな人気を博していると外電は伝える。ただし、BBCのインターネット版は、このようなニュースは「信頼できないものだ」と報じたが…。

◆シェリー夫人はクリントン前米大統領夫人のヒラリーとよく比較される。弁護士出身で、夫より頭が切れると評価されることも似ている。鋻華大で「奥さんが、より多くのお金を稼いでいるが、気に障らないか」という質問も出た。「家内は私より頭がいい」というのがブレア首相の答え。実際にロンドン大学経済学部をトップで卒業し、弁護士試験に首席合格したシェリーさんは、首相の年給17万5000ポンド(約3億4000万ウォン)よりずっと高額の25万ポンド(約4億8700万ウォン)程度を稼ぐという。ヒラリー女史がホワイトゲートに巻き込まれたように、シェリー夫人はマンションを安く購入するのに手を貸した詐欺前科者の裁判に干渉しようとしたという「シェリーゲート」の主人公になった。

ヒラリー女史のように自叙伝も出す予定だ。

◆政治問題についての発言が多いとして「レディー・マクべス」とも呼ばれているが、シェリー夫人はブレア首相が行き詰まるたびに決定的な役割をしたことでも有名だ。ブレア首相が労働党入りしたのも、熱烈な労働党員だったシェリー夫人を感動させるためだった。1980年、結婚の際には「先に議会に進出した人がトップを目指して政治活動をし、もう一人は弁護士としてお金を稼ぎながら相手をサポートしよう」という約束もした。83年、それぞれ異なった地域で下院議員に名乗り出て、夫が当選し、夫人は落選して今日に至った。00年、ブレア首相の支持率が低下したとき、シェリー夫人は「グッド・タイミングで」4番目の子供を産んで夫のイメージアップの一助となった。家庭と家族を大切にする首相に白い目を向けるわけにはいかないからだ。今回はシェリー夫人の歌が、夫を救った。韓国のファースト・レディーは夫が難局に直面した際、どうやってサポートするのか…。

金順徳(キム・スンドク)論説委員 yuri@donga.com