韓国戦争のとき死亡したり、各種の武力挑発などを行って国軍によって射殺されたりした北朝鮮軍の遺体が埋蔵されている京畿道坡州市積城面(キョンギド・パジュシ・チョクソンミョン)ダプゴン里の「敵軍墓地」。
停戦協定締結50周年を2日後に控えた25日午後ここを尋ねたとき、墓地は芝が植えられているなど、比較的よく管理されているという印象を受けたが、週明けに雨が降ったためなのか、雑草が結構生えていた。
墓地の入口には「軍事施設であるため出入りを統制する」という警告版が設置されていた。このためか、近くの住民たちでさえここを共同墓地と知っている場合が多い。
道しるべもなく、道路周辺から約300メートル離れているうえに、進入路もなくて、ここを管理する陸軍ビリョン部隊関係者の案内がなかったら、捜しにくかったはずだ。
墓地の下の方にはヘリの着陸場があり、第1墓地の前には「北朝鮮軍/中国軍墓地第1墓地」と書かれたコンクリート案内板が立っていた。
96年7月に造成された900坪余りの規模の第1墓地がいっぱいになって、00年6月に同じ大きさの第2墓地が造成された。第1墓地には158の遺体が、第2墓地には25の遺体が火葬された後、埋蔵されている。
高さ50cmほどのやや小さいそれぞれの墓の前には白杭に墓地主の名前と階級が書かれているが、身元が確認されたのは20余りに過ぎず、大部分は「無名墓」となっていた。
ここは同じ民族同士で戦った一つの痕跡でもあるが、停戦協定後にも続いている北朝鮮の武力挑発の歴史をそのまま見せてくれている。
韓国戦争のときに死亡したと推定される数十余名の北朝鮮軍や中国軍の遺体、大統領府襲撃事件のときに射殺された武装共産軍30人、大韓(テハン)航空858機を爆破させた犯人、98年の半潜水艇に乗って麗水(ヨス)沖合に侵入して射殺された北朝鮮の工作員6人などが埋蔵されている。
第2墓地には追加埋蔵を予想するように、深さ40cmの円形の窪み、10個余りが作られていて「まだ戦争が進行中」という無言のメッセージを伝えているようだった。
この墓地が造成されたのは交戦中に死亡した敵軍でも墓地を造成しなければならないというジュネーブ協定に従ったものだ。しかし、北朝鮮側がスパイを侵入させた事実を認めず、遺体が引き渡されることを拒否した理由がもっと大きい。
ビリョン部隊の関係者は「人道的レベルで最小限の管理だけをしている。この墓地を通じて北朝鮮が武力挑発の惨たんたる結果を認識して真の平和の道に出ることを期待する」と語った。
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